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3月31日(Tue) 小さい頃祖母から「嘘つきみっちゃん」と呼ばれ、長じては「小説家」などといった職業に就いた人間の自筆年譜などは、もともとが眉につばして読むべき代物なんでしょう。というか、連続した時間の中からある一つの出来事を選択した時点ですでに「フィクション」は始っているのだとする井上光晴の方法論に従えば、人間の書くものはすべて「フィクション」でしかあり得ないと云うだけの話しで、それを事実と違うとかそんな人物は存在しなかったといくら考証した処で、「小説家」が造り上げようとしたその世界を読み解く鍵とはならないようです。 まさに彼の裡なる世界こそがすべての真実であり、その世界に住む者達だけが作家の創造の秘密を共有する事が許されているのでしょう・・・などとキレイ事で言訳るには、あまりにも生身の井上光晴は身勝手で軽薄で臆病で正直で繊細であったようです。観ていて身につまされるというか、我が事のように突き刺さるものがなにかと多かったような気がします。 彼を巡る女達の独白のなかからかいま見える姿こそが「フィクション」に韜晦する井上光晴の本当の姿なのでしょうが、それをやられるとかなり困った事になる男が多い筈なのに、彼の場合はむしろそれすらもフィクション化しようとしていた節さえあります。 井上光晴があんなにも女性ファンに囲まれることの多い作家だったとは今回初めて知りましたが、作家と読者という立場を越えた関係が少なからずあったようで、女達の口からあまりにもひたむきな彼に対する愛の言葉が語られることで、井上光晴という男がいかなる態度で彼女たちに接していたかが逆によく判ったような気がします。そのあたりにもまた、この小説家の自己を演じることの熱心さが図らずも露呈していたようでした。 冒頭、画面の向こうから歩いてくる井上光晴の姿にはにかんだような笑顔の少年のイメージが一瞬ダブったのですが、それが「フィクション」でない可能性については、やはりよく判りません。 この「全身小説家」には埴谷雄高が頻繁に登場してくるのですが、やっぱり彼は下町に住う落語家といったイメージで、凛とした表情と姿勢はまさに孤高というに相応しいたたずまいで、やっぱり生前に一度でも逢っておけば良かったなぁと今更ながら思ったのは、単なる一ファンの感想でした。
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