デーテーペーな1日

1996.6.16~30

6月16日(Sun)
 もういい加減にしないと、自閉ネタが続きすぎ・・・反省をこめてお馬鹿ネタへの復帰を誓う今日の日記ですが、さてどうなりますか。最初は、小ネタから始めるしかないでしょう。

●小ネタ・その1
 ソフマップの新聞広告に掲示されてた懸賞金・100万ルピーってのは、ほんとにルピーで支払ったら、僕はソフマップの社長を尊敬します。あの韓国語のCMソングといい、書店売りする雑誌の吹っ飛び具合は、まさに"ひとりブレードランナー"状態。
 どうせならもっと派手な通貨で、100億クロゼイルとかブチあげたらもっとナイスだったかも。あ、現在のクロゼイルの為替レートは全然知りません。1000億ペソなんてのも、お洒落かも。
●小ネタ・その2
 カール・ルイスがまだ100m走ってること聞かされて、橋本聖子の顔が浮かんだのは私だけ・・・もう飽きてるといったら失礼なの?結局予選落ちなのは、それがオチかよ〜!バカたれルイス!
●小ネタ・その3
 フランスのコンドーム村が村名にちなんでコンドーム博物館を作るらしい。とほほ。
●小ネタ・その4
 うちの娘たち、バレー教室に毎週通ってます。7月にコンテストが有るようで、毎週日曜日にふだんの練習とは別に、その為の特別レッスンを受けてます。勿論有料。その特別レッスン料・コンテスト参加費用・衣装代etc.でひとり約10万円、双子だから×2で20万円ですね。まぁ、良いでしょう(良くはないけど)、あきらめてます。しかしコンテストの参加曲、演奏時間が1分と聞かされて、不覚にもめまいがしたのは、実話です。激怒する気力も抜け落ちました。へなへな〜

 あんまりうれしくて、意味のない午後9時の更新です。がははは。

 ずいぶん久しぶりに見た、元気が出るテレビ。浅草の六区裏のモツ煮込み屋に集まってる壊れたオヤジが、絶品のボケ。
 ひざ・ひざ・ひざ・ひざ・ひざ、と5回言ってみて。はい。じゃ、ここは何?と肘を指さして訊く高田順次に「くるぶし・・・」
 どっか〜ん!イルクーツクまで飛んでしまいそうな"至宝のボケ"。皆さん、国宝クラスの壊れたオヤジに会いたくなったら、Go ASAKUSA。


6月17日(Mon)
 あたらしい命の誕生を僕の日記でお知らせできるのは、とてもうれしい。幸せな両親の愛に恵まれてこの世に生を受けた彼女の成長を心から祈っています。

 竹本くん、本当におめでとう。

 そうなのです。妊娠マニアで奥さんフェチと自ら名乗る、日記界一の恐妻家・週間小百合様で姑息な夫婦愛について語る男に、やっと待望の子供が産まれました。
 6月17日、午後4時35分、2720gの女児で、母子ともに健康。経産婦のように安産・・・これは、女性としては誇って良いことなのでしょうか?以前から疑問に思っておりました。それって、貴女のナニはナニ並みに◎◎かいということでは?がははは。お約束のお笑いもちょっと挟んだりして。
 思えば長い妊娠期間・・・ひたすら妊婦の◎◎ままに耐える男であり続ける彼の日常は、その赤裸々な日記の中に詳しいが、ときどき挟む妊婦がらみのエッチネタが僕は好きでした。もう妊婦との妖しい一夜を満喫することは、次の妊娠までなくなってしまいました。残念です。誰と無く・・・(彼の夫婦生活のこれからの円満を願って、何やら伏せ字が続出しておりますが、ご理解いただきたい。)

 ここからは、少し真面目に。
 お得意の公開人前Kiss的日記です。俺にはなんの関係も無いぞと言わずに、もう少しお付き合い。

 ここの処、"死"や"苦痛"に言及することの多い日記でした。我ながらうんざりしながら、書かずにいられない愚かな自分にも二重に疲れはて、仕事もあまり手に付かない状態でした。
 そんな中、何人かの方から暖かい励ましを頂きました。どうもありがとうございました。自閉中にもかかわらず、おやぢくさいカラオケにお付き合い頂いた、僕とご同様の愚か者さま、どうもありがとうございました。会社から日記アップするのは、もうヤメレ。
 そして、今日はれて父親となった竹本くん、改めておめでとう。奥さんの尻にひかれ、子供に疎んじられつつたくましく生きる日本のオヤジ道をどうぞご一緒に。<そんなのイヤ?
 ご無体な妻の要求にも明るく答える君のことですから、育児にも前向きに取りくむことでしょう。いつかも言ったとおり、育児を女性だけにさせるのはもったいない。なかなか育児も楽しいモノです。なんと言っても自分の子供なんですから。小さいときの自分を思い出したり、毎日新しい発見があったり。とてもささやかな幸せを実感できます。
 公園でいろんなおかあさんとお友達になったりして、公園お砂場日記なんてのも楽しいかもしれません。
 お好み焼き屋開業の予定はどうですか?良さそうな物件は見つかりましたか?そちらもがんばって下さい。
 さて、そんな訳で、私の日記で竹本くんの二世誕生に立ち会われたあなた、宜しかったらメールでも彼に送ってやって下さい。 


6月18日(Tue)
 ここの処の日記リンクスのランキング・・・なんなんでしょ?おやぢくさい日記のオンパレード。
 特にうら若き女性陣に警告したい。こんなおやぢくさい日記ばかり読んでいると、あなたは山口智子のようになって、キムタク似の年下の青年とキスする事になるでしょう。・・・え、それってNice?そうか・・・おやぢギャル(追憶系死語)はトレンディ(悶絶系死語)?
 あと何週かでロンバケがおわってしまうと、取り残された中途半端なおやぢギャルがどっと街に繰り出して、酸っぱいようなおやぢの匂いをふりまくのでしょうか?う〜ん、アムラーVsおやぢギャル・戸越銀座の大決戦!復活ゴジラの題名はこれで決まりだぁ〜。

 おやぢのパワーの秘密をお教えしましょう。
 日頃おやぢであることの悲哀をうら若き女性の視線に感じつつ、おのれの不甲斐なさに深夜決然と立ち上がり、あらゆる屈辱と怨念と劣等感とをバネにして、シソーノーローで噛みしめづらい奥歯をぐっと噛んで書きつづる日記・・・そんな日記達が面白くない筈がありません。
 他人の不幸は面白い。おやぢの幸福はささやかなモノだが、その不幸はさまざまに不幸でありつづける。
 電車の中でふと見えたパンティの白に心ときめかせるおやぢ。業界ねたで若い女性の気をひく卑怯な作戦にでたおやぢ。おやぢの逆襲を夢見る孤独な日記おやぢ。もう少し日記の行間あけてほしい、読みづらい日記のおやぢ。最近はパワーダウンで弱まってる壮士風おやぢ。軟派メールに生活危うい自閉おやぢ。とほほ。我ながら、書いてて滅入ってくるです。こんな筈ではなかったのに。もうヤメ。

 おやぢのオンパレード・・・読んでて息苦しくなってきます、我ながら。
 かくの如く、おやぢパワー炸裂の最近の日記界ですが、日記ウォッチャーの皆さんに是非お聞きしたい事があります。それは、「おばはん日記(仮称)」がどうも見当たらないのです。廃人系OL日記やうほほい系激怒日記、不明系愛欲日記にほのぼの系家族日記などはよく見るのですが、どうも、おやぢ日記に対抗できるオバタリアン系日記者を見つけられないでいます。是非読んでみたい。
 こいつは紛れもなくおばはんだぁ〜、正真正銘オバタリアン日記とは此のことだ!と思えるラブリーな日記者をご存じの方、自薦他薦を問いません、是非私に情報をお願いしたい。


6月19日(Wed)
 さて、・・・最近ブレイクしてる日記者と言えば、おやぢ"select"でもそのパワーに圧倒される、真性オヤヂ者・石橋俊行さん(のほほん人生日記)を置いて他にないでしょう。
 いつ仕事してるのか?みんなにそう言われ続ける私が逆にそう思うほど、がんばってらっしゃる。実体はなかなかNiceな業界系のおじさまらしい。芸能人のお友達もいっぱい居たりして、おバカ系日記者にはうかがい知ることのできない世界で日々修行の身であるらしい。
 高木ブーと歌舞伎町の焼鳥屋ですれ違ったのが、今までで会った一番グレートな芸能人との接近遭遇と言う私にとって、そこはまさに、酒池肉林・絢爛豪華・桃色吐息が言文一致するミラクルワールドなのです。

で、

そんな石橋さんから、例の件について問題提起が・・・

 はいはい、確かに私もいつぞやの日記で、何やら意味不明なネタとして、チクリチクリとやっておりました。この問題を無視する気ですか?と書かれると、まぁ、他人事とは思えなくてこんな日記を書いているわけです。
 もう少しがんばってほしかったと思いますが、ばうわう氏からのURLを交えた追求が最初からディープすぎました。あのURLの出所には私も関係していたりします。
 もう少し、ネタを小出しにする事で、決定的な告白が取れたのじゃないか?そこの処が残念<おいおい。
 ここで誤解のないように石橋さんにお伝えしたいのは、日記リンクスは、日々登場人物が入れ替わる群衆劇ですが、その底流には連綿と続く壮大な大河小説が横たわっていると言う事についてです。
 それは、日曜8時のNHKの時代劇のように、毎日夕刻に始まる新日本プロレスの内部抗争のように、或いは烏合離散を繰り返す国会の愚かな政治家のように、旦那のワイシャツの移り香に嘗ての愛人の存在を直感する主婦のように、過去から続いた大きなドラマのひとつとして、「彼女」の問題を理解する必要があるのです。
 過去えんえんと続くトラブル・・・今年になってのトラブルの中心は確かに彼でした。ただ、彼の登場によって日記界は大きく変わりました。それ迄のWeb上の日記は関係者以外には意味不明なモノが多すぎました。日記が自己表現の手段になり、なおかつ読んで面白い。その事に気付き、彼の日記に触発された日記者は多いと思います。他ならない私もそのひとりです。私にとっての日記リンクスとは、自己表現の場というよりも、読みたい日記が集まる「場」なのです。日記者として自己規定することが有るとすれば、私にとってそれは日記を書くことと同時に、日記を読むことも重要な意味があるのです。
 だから、他者の日記をほとんど読まないと言う石橋さんが、なぜに日記を書き続けるのか、実はよく分かりません。私の考える日記リンクスと石橋さんの考えるそれとは違っているのかもしれません。
 うまい日記・面白い日記・ばかげた日記ete・・・それら愛すべき日記達と比して、私にとって読みたい日記ではありませんでした。どうせなら、もう少しお上手に騙してほしい。あまりにステロタイプな女性でしかないことが、読んでいて不満でした。やり方によっては面白い日記になるはずなのに、いつまでも「ぶりぶりぶりっ子日記」では、どうも不完全燃焼な気分が拭いきれません。
 だから、さっきも書いたとおり、もう少しがんばって、じたばたしてほしかった。
 う〜ん、あまりお答えにはなってませんね。申し訳ない。

 ここからは余談。
 もうひとりの彼女も、6月2日でいきなり更新が止まったままなのですが、これはどうしたことでしょう?やはり、アメリカにタップの修行にでもお出かけなのでしょうか?


6月20日(Thu)
 正直言って、これほどみんなで騒ぐほどの日記ではないことは、石橋さんも同意していただけると思うのですが・・・
 彼ほど人生経験豊富な方があの日記の作者をいまだに女性と思ってらっしゃるとは、にわかには信じがたい気がします。日記リンクスにおけるアクセスゲットの法則・その1(タイトルのセンセーショナリズム)に見事に合致する、アクセス稼ぎのネタなのかとおもっていました。僕の場合はそうです。<こらこら。
 どうやら、真剣に彼女の身を案じておられるらしい。まぁ、命まで取られるわけでもないので、身の潔白を証明する気ならいくらでも方法はあった筈なのに、登場の仕方も唐突なら退場もまさに脱兎のごとくあわただしい。HomePageの登録サーバーも"みょー"だし(僕はいまだにあそこの無料HomePageの登録方法が良く理解できません。何であんなややこしい方法がカンタンと言えるのか?)、最後のメールと称するモノも、できはぜんぜん良くない。あくまでも彼女を賛美するファンへの最後のサービスのつもりが、はからずもWebで公開されてしまった今回の2度目の騒ぎに、小林加奈ちゃん自身も驚いている気がします。
 赤尾さん、彼女にそれほどたいした意図があったとはどうしても思えません。日記リンクスを、単純にアクセスランキングを競うゲームの様に誤解したばっかりに、突然の集中砲火に茫然自失、最終的に完全撤退というのが偽らざる真実のような気がします。まさに日記リンクスのアクセスランキングとは両刃の剣のようなもの・・・内容とアクセス数の微妙なバランスのの上に成り立つあやうい綱渡りのようなモノです。なまじ仕組みを安易に利用しようとする者は、自らの内容に規定され、自らによって葬り去られる。不正自己投票者は激しく自己批判するように。>はい。
 といいつつ、最近みょ〜な多重アクセスが日記界に頻発しているような・・・1時間に904アクセスという、目を疑うような数字が本日のアクセスランキングに。単純に考えて4秒に1回。う〜ん、腱鞘炎になりそう。クリックざると呼ぶのも疲れそうなクリックミトコンドリア状態(不明)。
 ばうわう氏にも、深夜に異常多重カウントの日があったりして、不穏な空気の予感に密かに冷たい汗をかきながら、彼なりに弁明する日が続いている。誰なんでしょう?通り魔的アクセスブースターおたくは。あ、僕の場合は「えにしんぐおーけー」です。是非、多重アクセスの嵐にさらされてみたい。


6月21日(Fri)
 本日、自閉しなければならない特別の理由もないので、純粋にネタとしてお楽しみください。

死体とフリークスを僕が愛するわけ。

 さて・・・余りにも"えぐい"タイトル、愚かなセンセーショナリズムの匂いもします。昨今の日記界に対する"比喩"と誤解する方もいるかもしれませんが、他意はありません。小さい頃からの僕の嗜好についてのお話しです。

 あれは僕がまだ小学校入学前、5才ぐらいの事だと思います。母親と祖母に連れられて向かったのは、汽車とバスを乗り継ぎ、途中で漁船のような連絡船に揺られてやっとついたと思ったら、そこから更に山道を延々歩きつづける山間の村。
 もうすっかり暮れてしまった夜の山道を懐中電灯を頼りに歩いていると、いきなり立派な土蔵が現れた。何やらザワザワとした人の気配があり、大きな門構えの入口には提灯がふたつたてられて、どうやら葬式らしい。そこが目的地だった。もちろん、5才の僕に確かな認識があるはずもなく、後で母親に問いただしてその事を確かめたにすぎない。ただ、印象的なシーンがいくつもあって、その後、何度も僕は夢でうなされることになる。
 その当時、その地方では土葬が普通だった。
 畳の上に置かれた座棺と、その中にまるでミイラのように干からびた、小さな老婆の死体が納められていた。匂い消しの為か、大量に入れられた茶がらに埋まった老婆・・・長患いの果ての死だったのか、褐色の肌と乾いた皮膚に腐臭はなかった。床の間を背にして置かれた座棺のフタをそっと元に戻すと、僕は同年代の子供と遊ぶために離れに向かった。
 翌日の葬儀についてはなにも覚えていない。ただ、山の斜面に広がった墓地での埋葬の様子は、今でも鮮明な記憶の中にある。男達が目の前で土葬のために穴を掘っている。表面の赤茶けた土の下には、黒く湿った土がある。掘り進むうちにいろいろなモノがでてくる。腐った木片、何やら絡まりあった木の根の様なモノ、時代劇でしか見たことのないキセル入れと煙草入れ、どう見ても髪の毛と思えるモノもあった。そして、茶褐色の大腿骨。誰も注意を払うものはいない。傍らに無造作に積み上げられ、直ぐに黒い土に覆われて見えなくなる。そんな様子をうずくまって見ている僕に注意を向ける大人はどこにもいない。積み上げられた土の中から、小さな骨を見つけた。数センチのすべすべした立方体。どうやら指の骨のようだ。そっとその骨を拾い上げると、僕は注意深くポケットに忍ばせた。
 翌日、自宅に帰った僕は、その骨を流しでよく洗うと、大切な宝物箱の中の特別な場所に、そっとそれを仕舞った。

 小学校の3階の廊下の端に理科の教材や実験器具を納める倉庫のような部屋があった。当番だった僕はその部屋に試験管を取りにいく。雑然とした埃っぽい部屋にはスチール製の棚が何台か並び、黄ばんだ段ボール箱やガラスの実験器具などが雑然と置かれていた。その部屋の奥にさらに引き戸があり、普段は大きな南京錠が下がっているのだが、その日に限って錠がなかった。担当教師が鍵をかけるのを忘れたらしい。
 その小部屋は、僕たち小学生にはまさに伝説の部屋だった。その部屋を巡ってのさまざまな"うわさ"・・・上級生から代々伝わる目撃談や恐怖のストーリー。何度も夢の中でその部屋の扉が開き、恐ろしい姿の怪物が飛び出す夢にうなされていた僕は、締め付けられるような恐怖と、どうしてもその部屋の中を覗いてみたい欲求の間で翻弄されていた。
 おずおずとその前にたった僕は、そっと扉に手を掛ける。

長くなりそうなので、続きは明日。


6月22日(Sat)
死体とフリークスを僕が愛するわけ。
Part two


 厚い暗幕用のカーテンの下がった部屋には、かび臭い空気と共にかすかな刺激臭が漂っていた。壁のスイッチを探るが、それらしい物は見当たらない。カーテンの隙間から差し込む午後の日差しで、部屋のなかはぼんやりと見える。
 壁際には、ガラスの引き戸がついた展示ケースが何台か・・・中には円筒形のガラス瓶が雑然と並んでいる。解剖され、スギ板の上にピンで固定された"かえる"。すっかり色を失った内臓がゆらゆらとフォルマリンの中で揺れている。正中線で両断されたネズミがガラス瓶の中で泳ぐように足を延ばした姿勢のまま、凍り付いている。絡み合ったまま、瞼のない瞳で僕を見返す、数十匹の蛇の群。埃まみれの剥製がケースの中で僕を威嚇していた。
 口に中に酸っぱい唾液が溢れてくる。心臓の鼓動がはやくなり、後頭部に痺れるような悪寒が走る。少しづつ後ずさりしながら、部屋をでようとた僕は、カーテンの向こうに小さな人の足を見つけた。
 僕はその小さな足から目を離すことができない。大声を上げて逃げ出したいのに、吸い寄せられるように僕はそのカーテンの前に。そっとカーテンを開ける。
 血塗れの眼球が僕を見返した。呼吸も忘れてじっと見つめる。

 ちょうど、当時の僕と背格好が同じぐらいの、子供の人体模型だった。体の半分は剥き出しの筋肉と赤や紫の血管がびっしりと書き込まれていた。上塗りされたニスもすっかりはげ落ち、絵の具の色もすっかり色あせていた。赤や褐色に彩色された紙製の内臓もほとんどが失われ、腹部はがらんとした空洞だった。ただ、精緻に描かれた表情筋が、まるで笑っているように見える眼窩の奥で、これは奇跡的に色あせることの無かった眼球が、僕を見返していた。そっと取り出して、掌に乗せてみる。大きめのビー玉程度で・・・紙製でピンポン玉の様に軽い。この眼球が、僕の宝物箱のなかでじっと僕を見返しているシーンが、まるで映画のように脳裏に浮かんだ。そのあまりに魅力的なイメージの誘惑に、僕はあらがうことができない。ポケットにその紙製の眼球をしのばせた僕は、後ろ手で静かに扉を閉じる。もう、恐怖はなかった。

 小さいときから妙なモノを集める癖があって、両親を驚かせたりうんざりさせたりした記憶がある。
 気味の悪い骨やおもちゃを集めたり、その夜は必ず悪夢にうなされる癖に、近所の映画館に恐怖映画が掛かると、必ず両親に連れていくようにせがんだモノだった。
 何カ月も同じ悪夢を見ることもあった。それは、目覚めた後で、悪夢だった、という記憶があるだけの不可思議な夢だった。
 しかし、その恐怖の記憶の確かさに、じっと布団の中で夜が明けるのを待つ夜も、何度となくあった。

 そして最近では、タイや中南米あたりから流れてくる事故や犯罪現場の死者の写真を、恐怖と嫌悪にさいなまれながら見ることがある。
 Internet上でも、さまざまな死者や想像を絶するようなフリークス達の写真が公開されていたりして、深夜にモニターの前でザワザワと鳥肌の立つようなことも頻繁にある。
 かといって、何故そうした死者やフリークス達に魅せられるのか、確乎とした意識がある訳ではない。異様にネジ曲がり、切断され腐敗する肉体が、人は死ねばただの物体となり果てることを改めて僕たちに教えてくれる。いや、生者もまた、所詮は血と肉と糞便で出来た、不確かな存在であることに気付く。フリークスも、その進化の可能性の理不尽さを自らの肉体によって証明しようとしているのかもしれない。
 自らの命の証明を死者やフリークス達によって確かめる・・・愚かしい人間の愚かしい行為であるのかもしれません。


6月23日(Sun)
 久々にネタがないです。こんな時は、日記について語る姑息な日記がいちばんかも知れません。

 さて、"日記者"の語源についてお尋ねがあったようですが、これのいいだしっぺは誰でしょうね?ちなみに僕の日記に始めて"日記者"の記述があるのは4月11日の日記からです。
 それ以前にもどこかで見たような気もします。いわゆる、元禄時代の"カブキ者"に繋がる語源は、普遍性のある使用例なのかも知れません。
 僕は「にっきもの」と呼びたいですね。退廃の雰囲気と時代の空気にマッチしたよい呼び名だと思います。
 まぁ、平たく言ってしまえば、終わっちゃってる系の方ですね。昔から読まれることを意識した、日記文学というひとつのジャンルがありましたし、夭折した若者が残したノートや闘病記としての日記はくり返し出版され、ベストセラーとなる日記は過去にもありました。
 しかし、まったく同時進行で日々更新される日記が、600以上もまとめて読める場というのは、かつて、誰も想像したことのない状況です。プロもアマも、宝石のように輝く日記から、意味不明の自閉症患者のつぶやきのような日記まで、文字通り玉石混淆・カオスに充ちた活況を呈しているのが現在の日記リンクスなのでしょう。
 そして、プロとアマを比べると、圧倒的にアマチュアの日記のほうが面白い。基本的に文章を綴る事で生計を立てている人なら、自分の仕事を削ってまで、日記を付けるはずはない。プロなのに無償で大量の文章を発表するのは、壊れた時の赤尾さんぐらいのモノでしょう。まぁ、赤尾さんには赤尾さんなりの、結構したたかな計算があるかも知れませんが・・・
 そうした制約のないアマチュアがのめり込んで書く日記は、稚拙なところや意味不明なところがあったとしても僕にはとても面白い。そして、日記者としてとての重要なファクターとなるのは日記を書くと同時に、日記を読む人でもあるところです。一方通行の情報発信ではなく、相互にリンクし、重層的に折り重なるように各自の日記がひとつの話題で盛り上がるとき、それがトラブルや日記上での"けんか"であったとしても、僕はそこに日記者としての醍醐味を味わうことが出来ます。
 僕自身も時として内輪ネタに堕する時があったとしても、普遍性のある内輪ネタが書けないかと、何時も考えてはいます。各自がそれぞれ好き勝手な方向を向いて、まるで無関係な話題について声高に叫ぶだけの日記は、僕はあまり読みたくないです。
 そうなのです。誰が読んでも面白い、誰が読んでも直ぐ分かる"公開人前Kiss的日記"こそ、僕が目指す究極の日記のカタチなのです。

 僕のことは、日記界の内輪ネタ評論家と呼んでネ。


6月24日(Mon)
 がははは、とうとう石橋さんが日記者としてカミング・アウトされたようです。真性です、それもかなり重症。
 日記を書くだけにとどまらず、他者の日記の更新を心待ちして、日に何度も更新ランキングを覗きに行く。夜中に、もう本日の日記はすべて読み終わったのに、更なる未知の地平を目指して日記リンクスの新人さまのページなどもお読みになる。面白い日記を見つけだすのはなかなか骨が折れます、我ながらうんざりする・・・まるで僕のことのよう。
 日記オヤヂの日常は、何やら似かよっているかも知れません。熱い共感のエールを送りましょう。
 オヤヂからのエール・・・結構、とほほ。

 と言うことで石橋さんの日記をリンクしちゃいました。
 この際です、のほほん人生日記をリンクするなら、懸案となっている(何処が?)私の気になる日記者、どど〜んと一気にリンクしちゃいましょう。
 ところで、このリンク集、自分が便利なようにつけたモノなので、日記リンクスへの投票は出来ません。だって、他の人に何票も得票されたら悔しいじゃないですか。各自でそれぞれに投票してあげてください。
 例によって、順序になんの意味もありません。ネタ的に意味があるかも知れませんが、基本的に不明です。
 のほほんの石橋さん、よろずや談義の藤間さんについては、もはや多くを語りますまい・・・ただのオヤヂです、あ・もとい、ナイスミドルのお・じ・さ・ま・です。
 立花さんはとっても美形の、日記界に稀なキャラクターです。最近彼女にふられそうで、何やら不幸の予感漂う日記が、そそります。ごめんなさい、不幸フェチなんです。
 その彼氏が一押しするのがharuさんの18禁えっち日記<これも失礼な日記の惹句です。申し訳ない。僕が勝手につけました。クレームは何時でも受け付けております。まぁ、そのまんまの日記です。う〜ん、懲りない奴(自分のことです)。
 世界一せこい、と言うほどではないけど、けっこうせこい。<なんやそれ。カウンターの数字にかける意気込みが違います。細川さん、あなたは誰と会話してるのでしょう?深夜に誰かに語りかける日記・・・俺のことかと振り返ったあなた、僕がメール差し上げても良いですよ。
 手島さんの行っちゃってる日記。何となくオヤヂくさいけど、まだまだ若者のはず・・・あれ?年齢は知らないです。
 あまり深く追求しないように・・・やっぱり読んでます。

 自分の誕生日を自分で祝う・・・けっこう寂しいけど、ラブリーかもしれない。


6月25日(Tue)
 偶然に出会うこと・・・とは言っても、あの子も出かける事を十分に承知していた。彼女が友達同士でそんな会話を交わしているのを、こっそりと聞いていたりする。

13才の夏、人を愛することの恍惚

 夏祭りの喧噪の中で、其処だけがまるで奇跡のように静まり返っているように思えた。涼しげな夏の花を大胆にあしらった白地の浴衣と赤い帯、黄色い鼻緒の下駄で、少し爪先立ちして縁日の屋台をのぞく彼女・・・まるで大人びて見えた。
 彼女に会いたい、会えたらいいなと思って出かけた筈なのに、実際に彼女に会えるとは考えていなかった。どうしよう。声をかける勇気のないまま、雑踏に押されながら立ちすくんでいる僕を彼女が見つけた。学校では見せたことのない人なつこい笑顔で、僕に声をかける。
 友人とはうまく待ち合わせが出来なくて、ひとりだと言う。学校ではほとんど話らしい話をしたことがない筈の彼女が、饒舌に僕に話しかけてくるのがとても新鮮。並んで歩きながら、とりとめもなく話しする。胸元で締めた赤い帯に包まれたものを想像して僕はひとりでどぎまぎしたりした。
 雑踏をはずれると、薄暗い路地に面して軒の低い家並が続く。その向こうにこんもりと木立が見える。小さな丘の上にある公園。昼間の熱気がかすかに残る公園の向こうには、丘へ登る小道が続いていた。夕暮れの風が梢を鳴らす。雨が近いのかも知れない。
 低い梢の向こうに、意外なほど遠くまで夜景が広がっていた。穏やかな風景のなかに無数の明かりが・・・そしてその下でくり返されるつつましやかな日常。肩を並べて夜景を眺めながら、学校のこと、友人のこと、そしてクラスでひとり孤立している僕のことについて、彼女が心配を口にする。そんな風に僕のことを見ていたのかという驚きと、普段と違って、人の目を見ながら話をする彼女に改めて僕は魅せられていた。
 彼女との会話が途絶える。夜の闇の向こうでざわめきが遠ざかり、街灯の中で僕たち二人はお互いが求めるものにおずおずと触れる。

Kissした。

 初めてだった。彼女も。

 お互いの手のやり場に迷う。何となく背中に手を回しながら、それでも体を密着することができずにいる。
 ぎこちないくちづけに続いて、お互いの歯が音をたてる。迷いながら、そっと舌を絡める。
 早熟だった僕は、そんな小説の場面はイヤと言うほど読んでいたのだが、実際にやってみると、恐ろしく難しい。
 僕の手が彼女の浴衣の胸元に伸びる。固く締められた帯と浴衣の乾いた感触に、何だか旨く行かない。キスを続けたまま彼女が僕の手を握り、胸元でその手を止める。激しい鼓動が掌に伝わってくる。
 やさしくしなきゃ、そう思いながら、僕の不器用な手は震える。少し彼女の素肌に触れたかも知れない。彼女の耳元でなにか囁いたのかも・・・だけど忘れてしまった。
 翌日、廊下ですれ違った彼女が僕に微笑みながら、無言で自分の唇を指さす。お互いの唇が腫れ上がっているのを見て、笑いたかったけど、我慢した。口の中の粘膜も切れていて、モノを食べるとしみるのもちょっと情けない。

 これが13才の僕の、ある夏の出来事。

明日に続くのかも知れません。


6月26日(Wed)
 僕にとって耐え難い記憶に立ちいる恐れがあります。したがって、何らかのフィクションが入っている可能性が高いということを、あらかじめお知らせしておきます。


13才の秋、人を愛することの悔悟

 それから何度もKissした。

 お互いを求めることの不器用な口づけと抱擁だったが、今になって思い出せば、あまりにも純粋で幼い二人に、失ったモノの懐かしさと郷愁におもわず胸をうたれたりする。
 その時僕は、彼女との思い出を大切にしなければ、と思い続けていた。映画館にも行った。真っ暗な通路を出口に向かい、たったいま見た映画のワンシーンを思い出しながら、柱の陰でそっと抱きしめる。干し草のような匂いがした。
 秋なのに、汗ばんだ掌を彼女に気づかれるのを恐れてつないだ手を離すと、少しおどけて歩道橋を駆け上がる。そのまま、少し離れて彼女と河原を歩く。寄り添って川面を見つめるカップルがほぼ同じような距離で並んで座っていることが、何だかとてもおかしいと彼女が笑った。
 秋の夜・・・校庭で燃え上がるキャンプファイアーの炎を、屋上で二人して見ていた。
 彼女を大切に思う気持ち。そして、それとはまるで裏腹に、あの夜かすかに触れた彼女の素肌の感触と激しい口づけの記憶に、毎晩オナニーをくり返す僕。
 彼女を求めながら、決定的な関係に陥ることを避けつづけていたのは、しかし僕のほうだった。僕の求めることに、決して「イヤ」と言う事はなかった。彼女を汚すことを恐れながら、そうせずにはいられない己の愚かしさに戸惑い、幼い口づけをくり返す。
 ブラウスのボタンを外す。指先が震えていることを意識する。肩口に回した彼女の両手に力がこもる。強く抱きしめた僕の掌に、彼女の胸の膨らみが直に触れ、喘ぎとも溜息ともつかぬ彼女の声に、僕の理性は溶けはじめていた。
 フェンスがなく、1mばかりの幅で周囲にそってコンクリートが立ち上がるだけの屋上にそっと彼女を横たえるが、それ以上の勇気が僕にはなかった。
 冷たい床の上で、壊れた人形のように不自然に体をよじったまま、彼女は固く目を閉じていた。とても理不尽なことを彼女に強いている気がした。
 彼女を抱き上げると、乱れたブラウスのボタンを元に戻す。抱きしめる。彼女が小さく震えていることにはじめて気がついた。いとおしさと後悔に焦がされながら、彼女を抱いた僕の体が固く勃起していることに、僕自身が深く傷ついていた。

 この日記を書くのは、とてつもなく時間がかかります。過去の記憶・・・意識して忘れていたはずのそれが、細部にわたって蘇ってきたりします。フィクションとして脚色しなければ、とても続けられそうもありません。そんなに苦痛ならいっそ止めてしまえばよいのでしょうが、中途半端なまま止めてしまうことも難しい。かといって、この文章に結論がないことは、書く前から自明のことでした。書きたくないのに、書かずにはいられない。愚かしい結論に導かれるためには、もう少しお付き合いいただく必要がありそうです。
 日記界は、また何やらきな臭い風が吹きはじめる予感が・・・しかし、意味不明な私の日記は明日も続くのでしょう。



6月27日(Thu)
14才の冬、人を愛することの絶望

 今となっては愚かしい、意味のない絶望と焦燥感の中で僕は深く自閉していた。両親を含めたまわりの大人達に迎合し、いつも良い子であることを演じ続ける己にうんざりしていたのだ。
 目的を見失い、一日中部屋に閉じこもって、暗い虚構の世界に溺れる。大人びたフリをして、よく分からぬまま読んでいた哲学書や純文学系の小説から、猥雑で好色な月刊の小説誌やペーパーバックに類するモノをひたすら一日中読みふけり、男と女の絡み合うシーンでオナニーを繰り返す。
 ほとんど学校にでることもなくなっていた。突然変わってしまった我が子にうろたえる母は、どうする事もできず、家を訪れた教師と共に僕を責める。逃げ場を失った僕は、結局一言も答えることなく外に逃げだした。

 表には彼女がいた。

 紺色のコートの下には柔らかそうな綿毛のアンゴラの白いセータ。黒いスカートからのびた素足が寒さでこごえていたが、僕を見返した彼女の笑顔はとても温かだった。
 屋上での事があってから、僕は彼女を避けるようになっていた。これ以上二人きりで会えば、必ず彼女を傷つけてしまう・・・いや、愚かなきれいごとで自分をごまかすのは止めよう。僕には、彼女のひたむきさを受け入れるだけの勇気と誠意がなかっただけだった。彼女の肉の快感だけを求めていた。自分自身の裡にある、醜い欲望に自制することのできない僕は、毎夜彼女の姿態を思い浮かべながら、彼女の記憶を汚していた。

 まるで何事もなかったかのような彼女の笑顔に、僕は救われる。これ迄にも、何度も僕が出てくるのを待っていたことがあったらしい。電話すればよかったのにと言いながら、冬の夕暮れにあてもなく人を待つのもスキと答える彼女に、僕は黙って冷たく凍えた手を握るしかなかった。彼女と会うことで、僕はいつも癒されてきた。
 何日も学校に来ないことや、久しぶりで学校であってもなにも話さず、黙って帰っていく僕に、いったい何があったのかととても心配そうに尋ねた。
 彼女に僕の愚かな欲望と無意味な生活について言えるわけもなかった。辛抱強く僕に話しかける彼女が、自分の部屋に誘った。両親は出かけて彼女ひとりだという。彼女の部屋にふたりで行けばどうなるのか、彼女自身がよく知っていたようだ。
 僕にはよく分からない。彼女を抱きたいのか?彼女を汚したいのか?それとも傷つけたいのか?彼女を愛しているという実感のないことが、とても辛い。醜い欲望だけがふくらんでいく。
 何故そうしたのか?もう、忘れてしまったことにしよう。僕は彼女の部屋へ行った。

 もう話すことは何もなかった。

 白いアンゴラのセーターの下は素肌だった。小さな胸を締め付けている下着の色も白。背中に回した指で金具を外す。寒さと不安で血の気の引いた彼女の小さな乳房・・・蒼く透けて見える静脈とやわらかな蕾。
 彼女の両手が、僕を抱こうかどうしようか迷っている。その手を取ると、まるでキリストの磔刑の様にベットに押さえつける。欲望に濁った僕の頭の中で、何やら残酷な叫び声が聞こえていた。
 彼女の中に入っていくとき、痛みに眉をしかめても、決して僕を拒絶することはなかった。
 彼女の中で欲望に満たされながら、やはり僕には分からない。なぜ僕たちは、こんな形でしか愛情を確かめることが出来ないのだろう?未熟な男が、女を押し破る事で成立するSEXを求める限り、いつも傷つくのは女なのかも知れない。
 彼女の涙の意味が、僕にはとても辛い。

 訳もなく思い出した過去の細部にこだわるあまり、際限のない自閉感にとらわれることは、例によって僕の愚かしさの証明なのでしょう。いくら書いても辛い記憶が変わる筈もなかった。かすかな贖罪のひとつになりそうな予感がしたのだが、過去を正当化し自己弁護する結果になっていないかが気がかりです。最近の僕の日記・・・重苦しい妄想の中でもがく事が多すぎます。もう少し軽い話題に立ち戻ろうとして、結局こんな日記を書いてしまうのは誰のせいでもなく、やはり僕自身の問題なのでしょう。明日の日記どうしよう・・・


6月28日(Fri)
14才の春、人を愛することの喪失

 実をいうと、僕は歯止めがきかなくなっていた。再び優等生の良い子に戻ったはずなのだが、毎日考えることは、猥褻でおぞましい妄想ばかり。その事しか考えられない。幼いSEXの形に抱いた疑問も、結局愚かな欲望に押し流され、際限もないくり返しにのめり込む。
 隣の家の一人暮らしの女性の下着を盗む。その下着を使ってオナニーするため。年齢は40歳を過ぎていたかも知れない。小さい頃から面識があり、街で出会えば母親とそつなく会話を交わすその女性の部屋に、夜そっと忍び込む。布団の中で彼女と押し問答になる。あからさまな拒絶ではなかったが、
こんなおばあちゃん、あなたは絶対後悔するから。
 そんな彼女の言葉はまるで僕の耳には届いていない。ただ無言で、がむしゃらに体をまさぐるだけの僕の腕を、意外なほどの強さでつかむ。年上の女の肉体はどこに触れても柔らかで、もみ合う内に乱れた寝間着の胸元からのぞく乳房に、僕はどうしようもなく興奮する。
 乱暴に身体をまさぐる僕の腕をはねのけ、起きあがった彼女は小さく笑うと、そっと僕をくわえた。密やかな舌の動きと、なまめかしい彼女の口元に、僕はたちまち果ててしまう。彼女の口の中に。
 学校の部室で、石灰にまみれながら、後輩を押し倒したこともあった。あからさまな媚びを売る彼女の誘いに、僕は何も恥じるところがない。埃っぽい鍵のない部屋で慌ただしく抱き合う。
 後輩といいながら、彼女は僕以上に貪欲で容赦がなかった。放課後の人気のない廊下の片隅で、その日二度目のSEXをしたりする。
 そんな僕を遠くからみているのが、彼女だった。悲しい目をして僕を見つめているのを強く意識しながら、なぜ優しい声をかけないのか・・・彼女の優しさに救われる僕は、同時に、その優しさに息がつまる。すべてを許し、すべてを与えようとする彼女。姑息な僕の魂が、彼女の与えようとするモノを負担に感じていた。あまりに純粋で透明な、ガラス細工のような危うさ。人を愛することの意味を教えてくれたのは彼女だが、同時に人を愛することの困難も、僕に突きつける。どうしてこんなに優しくなれるのか?決して求めることのない無私の行為に傷つくことはないのか?彼女の笑顔にかえって苛立ってしまう僕は、愚かで傲慢な人間だった。
 むろん彼女ともSEXした。彼女に快感があったのか、なぜ僕とこんな関係を続けるのか、尋ねてみたかったが、そうするだけの誠意も勇気もその時の僕にはなかった。
 あたり前の関係とあたり前の結末・・・彼女が妊娠した。避妊などいうモノを考えたこともなかった僕達の結論は当然すぎた。
 いや、彼女が妊娠したということを、直接彼女自身から聞いたわけではなかった。告白も相談も、僕には何もなかった。
 生みたいと言い張る彼女を、激怒した父親が遠くの町に引きずるように連れていって中絶手術を受けさせたと聞かされたのは、それから何年もたってから、風のウワサでだった。どうしてもあいての名前は告げなかったという。

 二重の苦痛に彼女を追いやりながら、僕はなんら恥じることなく、愚かで自堕落な生活を続けていた。

 実は、もう昨日の続きは書かないつもりでした。フィクションと言い張るのも辛い展開に自分自身が折り合いをつけることが出来ずに、往生しながら書くことにいささか疲れはじめていました。
 往生といい、書き続けるのも辛いといいながら、続けてしまうところをみると、ものを書くことの魔力にとりつかれているのでしょう。人は一生に一遍だけ、小説を書き上げることが出来るそうです。自らを主人公にした小説。これが小説なのか三流雑誌のカラーページに紹介される愚かな告白なのか、まだ本人にも不明のままです。
 あとがきのつもりで書いているこの文章なのですが、当初の公開時から2行ばかり削除しました。基本的に僕の日記は、誤字以外には訂正削除はしないつもりですが、自分だけがそうも言っていられない事情があって、そうしました。かえって誤解を招くような行為で申し訳ないのですが、ご理解頂ければと思っています。



6月29日(Sat)
19才の春、人を愛することの錯誤

 何年ぶりかで故郷に戻った。生きることに耐えられなくて出た筈の街に再び帰ってきた事は、挫折した人生をもう一度くり返すことを意味していた。なんの感動もなく、女々しい感傷的な気分で街をさまよう。あらためて独りで住んでみると、とてもちっぽけな街で、よく知人に出会った。そんな時、僕はまるで相手がこの世に存在しないかのように、相手の視線を通り越した向こう側を、定まらぬ目で眺める。無視以上に冷たく拒絶する僕の目に、誰も声をかける者はいない。しかし、中にはまるで僕の視線を意に介さぬ人間もいた。懐かしそうに名前を呼ぶと、道の真ん中で立ち止まって、次々とかつてのクラスメートの消息を僕に教える。その中に彼女のこともあった。突然の転校と、それに続く消息ははじめて聞くものだった。
 となり街の叔父の家から中学と高校を卒業した彼女は、いまはこの街で務めているという。彼女の妊娠と中絶についてもその時はじめて知った。もちろん噂でしかなかったが、僕には思い当たる事が多すぎる。
 僕もよく知っている喫茶店に務めているという。その消息を聞かなければ、僕は彼女に再び会うことはなかったのかも知れない。いや、あいまいな"運命"に責任を押しつけるのはやめよう。自己憐憫と愚かな記憶に背中を押されて彼女に会ったことが、全ての原因であり結果だった。

 広い芝生に囲まれ、ガラス張りの店内がよく見える通りに立って、僕はじっと彼女をみていた。何年ぶりかでみる彼女の横顔・・・透き通るような白い肌と、客席でみせる暖かい笑顔は以前と同じ彼女だった。しかし、時折のぞかせる疲れた表情と、放心したように壁にもたれて客席を眺める彼女の様子が少し気になる。
 ガラス越しの彼女と目があった。なぜか誰もいない後ろを振り返る彼女。もう一度僕をみると、小脇に抱えたトレーをカウンターに置いて外に出る。僕の前に立った彼女は、灰色のロングスカートに白いブラウス、生成の木綿のエプロンをして、本当に少女のように見えた。
 何を話せばいいのか・・・黙っていると、彼女は僕のズボンのポケットのあたりを小さくつまんで、僕を促して歩き始める。仕事はどうするのかと聞いても、彼女は何も答えない。そのまま通りを渡り、人気の少ない神社の境内をずんずん歩いていく。今度は僕のシャツの袖口を掴んで歩く。まるで幼い子供と一緒の散歩のような気分で、僕は何となく笑ってしまう。
 まだ彼女は一言も僕に話しかけない。ずいぶん歩いた。どこに行こうというのか?そう彼女に尋ねようとして、僕はやっと気がついた。それは、あの丘の上にある公園だった。まだ子供たちが遊んでいる夕暮れ間近の公園を横切って、丘の上に向かう。
 はじめてKissしたベンチは同じところにあった。ふたり並んで座ると、彼女が僕の袖口を離し、はじめて昔の暖かな笑顔で笑いかけた。
 妊娠のことを尋ねても黙りこくってしまう彼女に、それ以上辛い記憶を強要することは僕には出来なかった。何年間かのブランクを埋めて、僕たちは13才の過去に戻れたような気がした。純真で誠実な13歳の記憶。もはや汚してしまった僕の記憶と、いまもそのままのような彼女に出会えた僕は、癒しの海でただようクラゲのように、彼女の温かさにつつまれていた。
 その夜、彼女が求めたからと、自分自身に言い訳しながら、やはり僕は彼女を抱いた。どこまでも愚かで卑怯な男だった。叔父の家を出て一緒に住みたいと彼女が言ったとき、やはり住むべきではなかったと、今頃後悔することになんの意味もなかった。 

 現実から離れることで容易に書き進めることができます。誰かを裏切る結果になっているかも知れないことが気がかりですが、私の日記を100%ノンフィクションと考える方がいるようなので、あえてそう書きましょう。やはりこれを告白と捉えるのは正しくありません。姑息な手段ではぐらかし、時間軸を入れ替え、登場人物をあえて混同するような操作をして書き続ける日記は、あくまでも仮想世界の僕の告白なのです。かといってこれを純粋な小説と呼ぶのもいささか無理があるでしょう。あえて言うなら、私小説と呼ばれるようなものを発表する作家の作品は、豊かなストーリーで展開するエンターテイメント以上に嘘が多いのかも知れません。自己を矮小化し、自らの愚かしさをくり返すとき、それは、あらゆる手段を講じて自らを美化し、正当化する為であり、誰かに向けたくり返しの怨念だったりするのです。
 さて、ここまで書いて、あなたはこの日記がフィクションだと思われますか?それともただの愚かしい人間の安っぽいノンフィクションなのでしょうか?私自身が決めかねているような処があります。



6月30日(Sun)
19才の夏、人を愛することの破綻

 窓のない部屋は一日中、どこからも陽の差すことはなかった。なぜこんなアパートが存在するのか、そんな疑問に駆られるような部屋だった。入口の引き戸を開けるとじめじめとしめったコンクリートの床が続き、その突き当たりには共同トイレが左右にふたつ。左手に更にガラスの引き戸があり、それを開けるといきなり小さな流しがあり、ガスこんろが置かれている。右に行くと扉が三つばかり続き、もうここから先は一日中電灯を点けていなければならない。一番奥・・・これ以上の行き止まりはない、場所と時間のよどんだような部屋。そこが僕と彼女の生活の始まりだった。何一つ身の回りのものを持たずに来た彼女は、下着の替えさえなかった。近所のスーパーへ買物に出かける。何枚かの衣類と食べ物。さらには、日常の細々とした必需品を何点か買うと、もう僕の持っていた現金は底をついた。明日からもう少し真面目に仕事をする必要がある。彼女も近くの喫茶店に勤めにでるという。
 昔の彼女のように明るい声で笑うことはなかったが、スーパーの買物袋を下げて帰るふたりは、何やら顔を見合わせて小さく笑った。あまりにもささやかな暮らしに、満足そうに微笑む彼女がとてもいとおしい。

 務めにでた彼女が、疲れ切って帰ってくる日が多くなった。今度の職場はとても辛そうだ。一日中立ち仕事の上、人間関係がうまく行ってないようだった。
 彼女の異常にはっきりと気づいたのは、その日が初めてだった。もちろん、その前から彼女の言動に、かすかな違和感と"ずれ"を感じてはいた。しかし、僕はその事に気づかない振りをしていた。
 夜の8時すぎ、僕が帰ると、電気もつけない部屋の中央で、彼女が壁に向かってなにか話していた。開いたドアからもれる廊下の明かりの中で、彼女は僕に気づいた様子はない。どうしたのかと聞くと、彼女が大好きだったおばあちゃんが、テレビのニュースのなかで、僕たちのことをとても心配しているらしいと、真剣に答える。しかし、彼女の祖母は、もう何年も前に亡くなっていた。その上、僕たちの部屋にテレビはなかった。
 彼女の狂気の兆候は、もう何週間も前から有った。
 どうしても銭湯に行くことのできない彼女は、部屋にバケツを持ち込んで毎日身体を拭っていたのだが、ここの処、それすらも億劫がって、もう何日も身体が汚れたままだった。日に何度もSEXを望んで、飽きることがなかった。生理の時もいっさい躊躇することなく、汚したシーツを夜中に流しでそっと洗った。料理をしていてなぜか手の震えが止まらず、しばらく横になりたいと言ったまま、明くる日の夜まで、24時間以上眠っていたこともあった。
 彼女の「SOS」のサインは最初から出ていたのかも知れない。心の平衡の傾きを知らせる彼女からの無言の悲鳴は無数にあった。他者の痛みに無自覚だった僕は、多少風変わりなところが昔からあった彼女の性格に全ての原因を押しつけて、真剣に考えることはなかった。
 彼女が僕に突きつけた問いは、とても重い・・・彼女の病んだ全存在をかけて、僕に答えを求める。逃げ出すことだけはするまいと決めながら、僕に何ができるのか。
 小さい頃のおばあちゃんの思い出をいつまでも話し続ける彼女を抱いた僕は、耐えきれずに口づけをして、彼女の声を塞いだ。

 また今日も結末まで届かないまま、力つきてしまいました。もう今日は止めよう、明日は書くつもりはないぞ、と思いながら、結末を自分自身で見届けるために、やはりモニターに向かってしまいます。無理に翌日にひっぱっているつもりはないのですが、限られた時間内に書きあげる必要があって、自ずから一日の分量にはある限りがあります。あまりに長く考えつめるのが辛いということもあります。安易な結末にはしたくないとは、本人が一番思うことでもあります。しかし、難しい作業です。


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