デーテーペーな1日

1997.7.16~31

日記関係の発言はこちらで。
7月16日(Wed)
 今日初めて、子供達は二人だけでピアノ教室まで自転車で出かけました。ピアノ教室と云っても自転車で10分程度の、ごくごく近くのありふれたビンボーくさい本当に名ばかりの安っぽい、つまりはどうでも良いような(←それにしても形容がえげつないですナァ、何か恨みでもあるのか?)・・・まぁ、何処の地方都市にもある「ヤマハ音楽教室」なんです。
 今まではずっと母親が車で送迎えしてたのですが、先週は行きだけ母親と一緒で、帰りは二人で帰ってきたようです。伝書鳩の訓練と同じで徐々に馴しながらというヤツで、いよいよ今日から二人だけで通う事になったのでしょう。小学2年生にもなって、いちいち送迎えしている方がどうかしている訳で、これでようやく母親の方が「子離れ」出来ただけなのでしょう。何となく気になっているらしい様子がありあり。
 しかし、梅雨の湿った炎天下に汗まみれになって帰ってきた子供達は相変らず元気です。クーラーの効いた部屋で扇風機でスカートの中に風を入れるというあられもない格好ですが・・・たぶんコレは奥さんのマネなんでしょう。そうそう、立ったまま足で扇風機のスイッチ入れるのは是非とも止して頂きたいです。見ていていかにもオバサンくさいから。わが家の奥さんは正真正銘のオバサンだからまぁ良いけど。きゃー。<バレたら怒られるって。

 夕食は久しぶりにファミレスへ。しかし、外食産業も不景気そうで店内にあまり従業員がいませんねぇ。行届かないサービスは我慢しますが、掃除ぐらいもう少し真剣にやっていただかないと・・・ テーブルの下は何だかゴミだらけ。出窓には羽虫の死骸がいっぱい。まったく食欲なくなるよなぁ。「アイホップ」そろそろ潰れるのかも。


7月17日(Thu)
 本日は毎週恒例の、シロート衆のバカげた指示を聞くために、いい年したオヤヂ達がきりきり舞いして残業する、そんな不明なお仕事の日です。
 まぁ、それもコレも含めてが、お仕事の「報酬」と名付けたモノの正体なんでしょう。お客様は仏さま・・・ごちゃごちゃとイチャモンつける事なく、そっと手を合わせて拝んでおけばご利益があるのかも知れません。神様は信じるものしか救わないようですが、仏さまは一切の衆生を救うことを発願されているそうですから。仕事の愚痴をウダウダ書いていてもしようがありませんが、まぁこんな日記も結構多いようです。

 今週いっぱいで子供達は夏休みだとか。えッ、と一瞬思ったものの・・・なるほどもう7月も半ば過ぎてるんですね。相変らず時間の経過するスピードだけが加速されているようです。何だか一日一日が無駄に過ぎていくだけのような気がしますが、そう言いつつ既に何十年。
 Web日記などを書いている癖に、あまり普段は日付に特別な注意を払ったこともありません。更新の時は機械的に日付を書き替えるだけ。そう言えば、腕時計を付けなくなってからでも随分になります。誰かと待ち合せのときに、いざ時計を探そうとして普段ならちょっと街角を見渡せば何処にでも有るものが見つからなくて慌てたりすることもありますが、そんな時以外には時間をもち歩いて気にする必要性を感じた事はありません。
 その上、最近では昼夜逆転の生活で普通の方が生活する時間帯というものにあまり意味がなくなっている模様。夜も白みはじめた頃に日記巡りなどすると頭くらくらする事も多いようです。伝言板の書込みなどは、妙にハイテンションで浮きまくっているようです。う〜ん、どうやら寂しいのかも。

 白木くんのボタンは最近何だか意図不明。押してはみるものの・・・どうもイマイチ面白くないです。「じじいネタ」が楽しめないのがどうやらその原因かも。どうも偏食の喰わずぎらいな癖が日記読みにもあって、まぁ、今度ゆっくりと読んでみます。


7月18日(Fri)
 よくPTAの集りなどでお母さん方とお話しすると、かならず訊かれるのは今の奥さんとのなれそめとかです。あ、「今」と書きましたが、「昔」の奥さんがいる訳じゃありません。と、訊かれもしないことをわざわざ言訳する処が何だか怪しいが・・・本当ですってば。

 そうそう、よその奥さんからなれそめについて訊かれる事が多いというお話しでした。

 まず、「新婚さんいらっしゃ〜い」じゃないんだから、何故に僕が子供達の同級生のお母さん達に、うちの奥さんと初めてSEXした日の事とか、その時避妊はどうしたとか、けっこう満足しました、なんて昔話をしなければいけないのか?きゃー。<そんな事は訊いてないって!
 そうやってお互いの好奇心満足させながら、お家に帰ってから旦那との夜の睦言で「ねぇねぇ、夜久さんちって最初のえっちの時はコンドーム使わなかったんですって。」なんて会話するんでしょうか?きゃー。<そんな事は訊かれても答んでえぇ!
 せんさく好きで無神経なオバサンが多すぎるのがこの世の習いとは言え、先ず人のことを尋ねるなら自分から告白しなきゃ。
 その時、あんまり早すぎて痛みを感じるヒマもなかった自分に不安になって、鏡もちだしてそっと確認してみたとか、生理なのに旦那はすっかり初めてと思いこんでしまって、やたら感激のあまり結婚を申込まれたとか・・・きゃー。<そんな生々しい告白なんて訊きたくもありません。オバサン同士の猥談で盛上がっていただけばオッケーです。
 しかし・・・夏休み中に子供達とお母さん達含めて、学校の校庭でテント張ってお泊りする予定なんですが、今からそんなお母さん同士の夜の会話を想像してげんなりしております。

 本日は昼間は何もすることなし。延々とケーブルテレビの映画眺めながらウダウダと・・・しかしビンボーくさい映画のリピートばかり。こんなことなら昼寝でもすれば良かったと思いながら、まぁ・・・いつもと同じ一日なんでしょう。


7月19日(Sat)
 今は「通信簿」とは呼ばないのかな?そもそも「通信簿」とか「通知表」なんて言葉じたいが現代では死語と化しているのかもしれません。そう言えば、どことなくオヤヂ臭い雰囲気が。

 終業式で子供達の帰りはひどく早かったようです。「あゆみ」等と無難に名付けられたソレは、まぁまぎれもない「通信簿」なのでしょう。2年生からは3段階評価になってますが、最近の先生方の基準は相対評価ではなく絶対評価のようで、先生のお気に入りの「いい子」だと思われる麻美の方は「よい」ばかり。
 それに比べると・・・各教科の評価はそれなりでしたが、生活態度や授業中の様子でやたら「もう少し」を貰って帰ってきたのが正美のほうです。寸評に書かれているのは、1年生の時からそうですが「ユニークな発想」というのは、まぁ「変り者」をえん曲に言っただけの話しなんでしょう。とにかくお話しに飛躍が多くて独りよがりとくれば、内容を把握するのには一苦労するはずです。親でさえそうですから、先生にとってはいろいろと理解不能な事を言い出す子供なんでしょう。その上、授業に集中できなくて落着きない様子がまざまざと浮ぶのは「親」故ということではなく、自分自身の小さい頃思い出すからでしょう。小学2年生で転校するまで、とにかく落ちつきのない騒がしいガキだったようですが、転校をきっかけに妙に物静かな「いい子」になったものの、内実はまるで変っていないのですからそのあたりからいろいろと屈折する事の多い人生だったような気がします。
 う〜ん、小学2年生当時のトラウマを引きづったまま成長した結果が、現在のテロリンオヤヂの正体だったのか・・・

 何故か今日はやたらとケンカばかりしている双子の姉妹。すぐふくれっ面して母親に言いつけに来る処が女の子のケンカなんでしょうが、結局二人して大泣きする迄やらないと気が済まないのは、まぁいつもどおりなんですね、これが。父親はこうした場合無関心でいることにしております。


日記関係の発言はこちらで。
7月20日(Sun)
 これから毎日子供達が家にいるようだと、こうして日記のネタになることも何時にもまして多くなるのかも知れません。「インターネット子育て日記」も親ばかで笑っていられるうちは良いんですが、こう増えてしまうと、所詮はホームビデオのたれ流し映写会と同様で、当人達には面白いんでしょうが・・・周りの人間には退屈きわまりない訳です。あなたの子供が転ぼうが笑おうが、僕にはちっとも伝わるモノがない。所詮、よその家庭のホームビデオ見て感激するような人もなかなか少ないと思います。

 で、

 やっぱり本日も「がきネタ」なんですね、これが。がはははh。
 「人のふり見てわが身を省みず」と言うのは、僕の人生訓のひとつかも。
 BOWDO風味で自己弁護しつつ、そう毎日変ったことがある訳もなく、何時ものように明け方に寝て昼過ぎに起きるという生活に曜日は殆ど関係ないようです。それなりにこんな生活にも慣れてきておりますが、やはり一般常識的生活からはほど遠いようです。子供達はこんな父親の様子にもなんの違和感もないようですが、最近はますます会話が少なくなっているような気がします。まぁ、のべつまくなしで、ぺちゃくちゃと父娘でおしゃべりしてる家庭なんてのはとっても傍目には見苦しいモノかもしれません。何だか父親が娘に媚びているような処があんまりねぇ・・・

 そう言えば、最近はマクドナルドも結構ご無沙汰かも。たまには親子でマクドナルドにでもお出かけしますか。
 親子の会話がマクドナルドのレタペパひとつで弾むというのもビンボーくさい話しですが。

 「子供まつり」なるものに朝早くから出かけていった二人。学校で牛乳パックやらプラ板使って、何か「ゴミ」を作ってきたようです。スグに見向きもしなくなる癖に、最初だけやたら熱中してしまうのは、またもや父親ゆずりなのかもしれません。家に帰ってからも、わが家のオーブントースターで何やら一生懸命作っては、いい加減にしなさいと母親に叱られているようです。これから一月半・・・毎日こんな調子かも。


7月21日(Mon)
 甘く切ない記憶を語るには、夏の夜はとりわけ最適かも知れません。昼間の熱気が後を引きながら、風の中の夜の気配に、ふと「あの夜」の情景が浮んだりするのは、そんな気怠い夜には有りがちな経験だったりします。

 あてもなく夜の街を歩きながら、幼い会話を交すことに熱中したままの数時間・・・いつしか朝を迎えてしまう日々の記憶は、何やらとても感傷的なある日の一こまのようです。
 そこへ立ち戻ることの出来ない自分自身を今さら悔むことも懐かしむこともないとは言え、人は皆それぞれに自分自身の哀切な記憶を胸に秘めているのかも知れません。普段はそんな事を思い出すゆとりもないままに日々流されていくのだとしても、忘れ去った自分自身の記憶に躓いてはじめて、失ったもの・意識的に忘れようとしたものの意味を反芻する事になるのでしょう。

 と言うような一日でした、と書いたところで何が何だか判りませんね。
 何時ものように、思わせぶりで意図不明な文章にはそんなにたくさんの意味はありません。いわゆる「私信日記」にもなり得ないような個人的なつぶやきなのですが、まぁ・・・それが「日記」なるものの正体だと言ってしまえば、いわゆる「身も蓋もない」という事になってしまうのでしょう。

 子供達は6時過ぎには学校まで朝のラジオ体操へ出かけたようです。ん?なぜ知ってるのかといえば、父親はその頃ようやく寝ようか、テレホタイムはもう少しあるからこの際だから・・・などと不明な事を考えていた訳です。
 子供ながらにも父親のそんな様子は「不明な奴」と映っているようで、「おはよう」と言うか「おやすみ」なのか、一瞬迷っていたようですから。


7月22日(Tue)
 この頃定期的に胃の具合が悪くなるのはなんでしょう? 不規則な生活のせいと言われれば・・・はい、返す言葉もないようです。
 生来の医者嫌いに加えて、病院での患者への扱いの、たえられない事情のあれこれに思うことなどが多くて、とにかく医者に行くのは億劫です。当人には入院の経験はありませんが、いわゆる看病なりお見舞なりで病院に通った経験はそれなりにあります。まぁ、個々の医師や看護婦さんにはとてもよい人が多いのでしょう。特に患者の身の回りの雑事ぜんぶを引受ける看護婦さんの姿には、自分では出来そうもないなぁと無責任に感心することも多かったりします。
 ところが、システムとしての「医療」を見てみると、やはり患者本人の意思は未だに軽んじられる傾向にあるような気がして仕方がないのです。様々な「病気」や「怪我」の治療に専念することで効率化を目指しているのでしょうが、そうした「痛み」や「苦痛」に呻吟しているのが他ならない人間であることを忘れて、結局ぬけがらのような肉体を救っているだけではないのでしょうか。自らが患者となって初めて「医」の現場の矛盾に気付く医師が多いのは、やはり、医師に対する教育が根本的に間違っているのでは。

 調子が悪くなっても、あれやこれやと屁理屈をこねて病院へ行きたがらないのは、本当は病院が恐いだけかも。
 そう、悪夢の中に登場する白衣の医師は、例の歯科治療用のドリルを持って現れるのが常ですから。

 本日はマクドナルドでドライブスルーに並んでテイクアウトの昼食。例によって「スパイシーなんちゃらバーガー」セット。しかも、欲かいて50円プラスのLLセット。こうした姑息な販売戦略にうかうかと乗ってしまうのがわが家の常です。多分原価計算すれば50円プラスした方が店側の利益が多いような気がします。う〜ん、どっちにしてもビンボーくさい計算はヤメヤメ。


7月23日(Wed)
 昼間は仕事もしないで面倒くさい文章をポチポチと打込んでみては我ながらうんざりしたり、奥さんがお出かけなのか家に見当らないので(何処に行ったのかしりません)、お腹空いたとうるさいガキも言ってることだし、久しぶりに冷麦でも作るかと、鍋一杯に茹でてみたのはいいのですが・・・さて、麺つゆが何処にも見当りません。醤油とかつおの一番だしに味醂を合わせてなんちゃらかんちゃらなんて、そんな食に対するこだわりなんてまるでない我家には、水で薄めて後は食べるだけの、あの市販の麺つゆが何時もの定番です。それが見当らないとなると・・・父と子の寂しい3人連れは、大量に茹で上がった麺を前にしてただ呆然とするだけ。買物に行くのも面倒くさいなぁ。う〜ん、かなり萎えております。醤油を水で薄めたら反則でしょうか?見た目は大した違いはないんですけどねぇ。この際だから醤油に味醂やら砂糖を加えて「麺つゆもどき」でなんとか我慢しますか。
 うんうん、なんとなくそれっぽい味になりました。子供達はなんの疑問もなく、黙って食べております。まぁ、ホントは何か言いたいのかも知れませんが、ただテーブルに向って黙って冷麦をすする家族の姿は、あたかも古きよき時代の日本映画のワンシーンのようでした。<そんな訳なし! 

 そうか・・・今週末もあちこちで日記者のオフミがあるようですね。関西方面でもアホくさい動きがあるようですし、東京でも何やらゴソゴソ・・・どうやらダブルブッキングのようです。そんな訳で四谷方面は今回不参加。そう言えば、福生の七夕はどうすんでしょ?


7月24日(Thu)
 昨夜は日記も早くに書上げで、今日こそは早く寝るぞと決心して、夜イチャなども早めに済ませたのですが(きゃー。えち。)・・・

 しかしなぁ、はい、皆さんのご想像のとおり。結局は明け方まで何をするでもなく呆然と夜の明けるのをただただ待っていただけでした。人の日記の更新を待っているわけでも、電子の海を秘かにネットサーフィンするでもなく、なんとなくあちこちの掲示板眺めたり、思い出したように新作TOP200を眺めては、いつもの日記が更新されていればクリックする・・・う〜ん、まさに惰性そのもの。
 そんなに寂しいなら「あなた」にメールでも書けばよさそうなモノですが、人恋しいときには、かえって寂しさが募るような気がする時もあるのが電子メールでのコミュニケーションのような気がするのですが、果して「あなた」の場合は如何でしょう?
 孤独な人間同士がおそるおそる伸した指先が触れそうで決して触れることのないのが、そんな夜にはなぜか一層寂しさをつのらせる原因なのかもしれません。だからこそ、人は一方的なつぶやきでしかない「Web日記」などというモノを秘かに読みふけったりするのでしょう。

 電子の海で繰広げられるさまざまな日常が、僕自身とはまるで無関係に流れていることに安心するというのも、やはり孤独な人間の孤独な感想のようです。別に実生活がそれほど孤独な訳もないのですが、ふと深夜に独りモニターに向っていたりすると、いったい何をやっているのかと我ながらウンザリする時があるようです。

 寂しいからと言って別に弱まっているわけでもありません。はい、テロリンオヤヂは元気だけが取柄ですから。只の日記ネタのひとつなのかも知れません。


7月25日(Fri)
 今日は久しぶりに近所の書店まで。最近は本もあまり買わなくて、本棚から古い本を引出して読むことが多いのですが、たまには息抜きもかねて書店巡りするのも長年の習慣のひとつのようです。
 で、アレン・ギンズバーグが今年の4月に死んだらしいと書かれていたのが文芸誌ではなくて、インターネット関係の情報誌のコラムの片隅でというのが、まぁ現代風なんでしょう。しかしなぁ、70過ぎまで生きていたとか聞かされると、ビート派の詩人にしてはえらく長生きのような気がします。晩年は健康に気を使って無農薬野菜にこだわったり、紅茶きのこ飲んでたのかも。
 アレン・ギンズバーグと書いたところで、彼の作品にとりわけ思い入れがあるわけでもありません。だいたい、この日記を読んでいるような年若い友人達は、たぶん彼の存在自体知らない方の方が多いかも。ウィリアム・バロウズと交した「麻薬書簡」の著作で思い当る人が何人かいらっしゃるのかも・・・どちらにしても「ビート派の詩人」なんて、やっぱり骨董品的興味でしかもはや眺める価値はないのかも知れません。
 そう、アレン・ギンズバーグの名前をはじめて見知った頃の時代の空気を、ただただ懐かしんでいるだけのノスタルジーなんですが・・・
 ギンズバーグが70才だとするなら、たぶんウィリアム・バロウズはさらに年上の筈ですから、生きてればたぶん80才以上のはずで、あんまり長生きされるとイメージ狂うんですが。それともとっくに死んでるのかな?相変らず、そのあたりの確認はいつもいい加減なままです。しかし、ある種の作家というモノは、やっぱり早死にするに限ります。若き天才の「その後の悲惨」というのが多すぎるような気がしますから。

 昨日といい今日といい、まるでかわりばえのしない一日。日常生活なんて、3行ぐらいで書き終えてしまいそうです。家から一歩も出ない生活というのがどうも問題のようです。しかし・・・日記のネタの為にお出かけするのも、それはそれでどうかと思う。
 やっぱり、こんな一日。


7月26日(Sat)
 週末恒例の「お出かけ予定日記」もそろそろ飽き飽きですが、かといってお外で日記を更新するほどの元気は最早ありません。
 最近はそう頻繁に出歩いているわけでもなくて、先日の新婚ご夫妻囲んでの「上野・浅草方面奥さんに怒られまくりツアー」以来です。あれ?違ったかな・・・一応オフミの予定だけはこうして出かける前には「予定日記」書いているせいでよく判るのです。まさに日記本来の意味における記録性の勝利。がはははh、それほど大げさなモノでもないようです。
 午前中に焦って仕事をこなしておいてから、午後にお出かけなんですが、どうも天気がイマイチですが、ニュースによると関西方面は台風の影響で新幹線も空の便も止っているようです。がはははh、ナリマツくんや龍成くんは無事到着できたんでしょうか?別に心配してる訳じゃありませんので、あまり気にしないようね。
 しかし、東京方面も結構大雨が降るようですが、まぁ雨ぐらいは我慢しますか。

 我家の子供達は何が面白いんだか・・・毎日ラジオ体操に出るために普段以上に早起きです。6時前にはゴソゴソ起き出してくるので、そんな時間まで起きてて、そろそろ寝ようかなんて父親は何かとやりづらいようです。父親を見る目が日ごとに冷やかになっているような気がします。


7月27日(Sun)
 日曜日に家族でお出かけってのは、何だか久しぶりの気がしますが・・・そのあたりの記憶が曖昧です。
 で、奥さんがどこで聞きつけてきたのか、近所の市民ホールでなにやら公演があるようです。よく判らないままに出かけてみると、まぁ会場はガキと家族連れの大群・・・「多摩っこバブルス」とかいう、何ともダサダサなネーミングのグループの公演で、「平成版おニャン子クラブ」と言う形容もいい加減古くさいようですが、つまりは、今テレビ的に売れっ子の「スーピード」とか「MAX」なんて踊りながら歌う女の子グループのバッタもんと言った方がわかりがはやいかな?ハンドマイク持ったルーズソックスの女子コーセーがヘソ出しルックで何とも気恥ずかしい歌と躍りを披露するんですが、そっち方面だけではなくて、中にはボーイッシュな女の子のいかにも宝塚風の踊りもあったりして・・・なんというか、実にプロデュースしている人間のあざとい仕掛けが透けて見えるようで、どうも落着かない気分なんです。いかにも今受けているモノを並べてみましたと言った感じでしょうか。
 ただし、振付けも歌もキチンとレッスンされていて、素人の発表会とは少し違っているようです。何分にもバックグラウンドも詳細も何も判らないまま見てますので、例によっていい加減な感想と言われればそのとおり。「多摩っこバブルス」と言う名前のように、多摩地域の女の子だけを集めたダンスグループのようですが、歌を歌いながら踊ると言うのが、最近流行のかたちなんでしょう。ロリコン系のオタクの妄想そのもの見たいな機械仕掛けの人形然とした踊りやら、少女マンガの男装の美少女風の子とか、昔懐かしいイケイケギャル(←完全に死語)のパラパラみたいなヤツと、とにかくバラエティーに富んでいるのは確かですが、全てがいかにもMTVの亜流のような歌と躍りで、1時間も見てるとみんな同じに見えて後はひたすら退屈・・・元気のいい歌が多いので会場の音量がすごくて、ゆっくり眠れなかったのがやっぱり父親の不満かも。

 小さい子供も何だか大量にステージに立っていたようで、どうやら子供達の習い事の一環みたいな処もあるようです。「小さい子供が可愛い」を連発していた我家の奥さん・・・う〜ん、何だか怪しい気配が。バレーの次はひょっとするとコレかも。


7月28日(Mon)
 今日はなんだかよく寝たなぁ・・・まぁ、コマギレ睡眠と言うヤツですがヒマを見つけてはソファーで失神。10分とか30分とか眠ると、また下に降りていってちょこっと仕事しては休憩。バラバラに睡眠とお仕事くり返してるので、ちっとも眠った気がしないようです。こんな事ならあっさり昼まで寝ていればよかったのに、何故か奥さんに朝早くに起されてしましまって、一日中何だか調子が出ません。
 で、結局なんの用かと言えば、雨が降っているので、不明な奥さんのご用事の為に車で送るようにという訳ですなコレが。
 我家の奥さんは免許証は持ってます。ドライバー歴も結構長いはずです。だから自分で運転して出かければ良さそうなモノですが・・・彼女の場合は自分の家から車で10分以上の処にはまず独りでは行ったことがありません。見事な迄の方向音痴で、幹線道路などを走っていると、自分がどっちに向って走っているのかが判らなくなるそうで、とにかく自分のテリトリー外には決して出ることはないみたい。カーナビも付いてはいるんですが、方向音痴な方と言うのは概ね地図を見るのも不得意なようで、地図と現実の道路状況を重ねるのが全然できないから、結局なんの役にも立たない、只のテレビと化してます。
 そんな訳で、朝っぱらから車で奥さん送っていきました。う〜ん、お昼過ぎには今度はお迎えにいかなきゃいけないようです。あぁ・・・めんどくせー。
 しかし、そんなそぶりは見せるわけもなく、お電話あればいそいそとお迎えに向ったのは、皆さんご想像のとおり。

 ガキだけではなくて奥さんまでネタにするようになると、いよいよ日記廃人ぶりにも磨きがかかってきたようです。しかしなぁ、その内ガツンと怒られそうな気がします。まぁ、怒られたら謝ればいいでしょう。いつもやってる事です。


7月29日(Tue)
 貧乏性と言われれば、まったくその通りなのですが、レストランでライスを注文すると普通はお皿にご飯がのっかって、ナイフとフォークで食べますよね。コレがそもそもイライラの原因なのです。
 右手にナイフ左手にフォークだと、ご飯食べる度にフォークを右手にもち替えるのがまず面倒くさい。左手にもったフォークの背中にご飯乗せて食べるのは、なんとしてもヤダ。カッコ悪いと言う以前の問題で、銀シャリにこだわる「大メシ喰い」の国民性と植民地風のマナーの合体がとにかく疎ましいわけです。家ではご飯はお茶わんによそって、お箸でハンバーグ食べてると思うのに、何故にファミレスに来ると、みんな妙な手つきでフォークの背中にご飯乗せて食べるのか?いわゆる「ご飯」と「オカズ」の関係性を何時までも引きずっている処に根本的な問題があるのかもしれません。それと、フォークでご飯食べるときれいに食べられませんよね。お皿に必ず残ってしまう・・・お百姓さんが汗水たらして作ったお米は一粒でも残すのはもったいないと食事中に言われ続けて育った貧乏人のこせがれは、ご飯粒が残っているのが何とも気になるのです。
 もっとも、母親がああまでヒステリックに食事中のマナーなどにうるさく言ったのは、まぁ寂しい家庭生活からの反動だったのでしょうが、言われ続けて育った本人には既にトラウマと化しているようです。食事の前後に手を合わせて「いただきます」「ごちそうさま」と言う習慣は、周りから奇異な目で見られることが多いのでいつの間にかやらなくなりましたが、食事を残すことの罪悪感と言うのは未だに尾を引いてます。食べ終った食器があんまりキレイすぎて、かえって恥ずかしくなるような経験ってのが良くあります。
 しかし・・・お皿を口元に持ってきてフォークでご飯をかき集めるようにして食べてる我家の子供達ってのも、相当にみっともないです。もう少し食事に関するマナーを教えておくべきだったのかも知れませんが、どうやら既に手遅れなのかも。 

 う〜ん、どっちにしてもビンボーくさいオチ。食事してる人間を見ていると、その人間の育った環境や人間性までもがあらわになるような気がします。だから僕は好きな女性と一緒に食事したりする事が一番苦手でした。ただし、SEXした後だったら結構平気かも。食事とSEXって・・・ひょっとすると、とても似てる行為なのかも知れません。あぁ、その辺りのアナロジーを語るのはとても下品になりそうなのでもうオシマイです。


7月30日(Wed)
 横並び主義のテレビ局、その中でも特にネタがかぶることが多いのが各局のワイドショーもの。耳目を集める事件でも起きれば、それこそ朝から晩まで同じようなアングルで同じようなナレーションつけた映像が各局同時にたれ流されることになります。事件ネタ自粛中のTBSにしたところで、どうせいつの間にか復活することになるんでしょう。
 最近ではニュース番組のワイドショー化にも拍車がかかっているようで、ワイドショーとニュースのボーダレス化というか、ニュースのバカ騒ぎぶりがなんだか目につきます。ニュース番組中でのグルメやカルチャーの特集番組見る度に、そんな事わざわざニュースで流すまでもないだろうに、あなた達の見ている「世の中」と言うのはかくも呑気な世界なんでしょう。誰にも知らされないところで巨額の補助金がばらまかれたり、いつの間にやら「盗聴法案」なんゾが提出される、そんな世の中の不可解な動きには及び腰の癖に、食べ放題の店の紹介やらブランド商品のバーゲン情報にうつつを抜かすジャーナリズムって・・・つくづくおめでたいけど、ひょっとして意図してそうしてるなら、事態はさらに深刻なのかも。

 だからこそ、今さらのように「証券会社への不信があらわに」なんて呑気な記事を書くわけです。そもそも、紙切れに金額刷込んだだけの代物に、会社の実体とはかけ離れた妙な思惑を付ける事で儲けようとする人間や、そんなインチキくさい取引を仲介して利ざやを稼ごうなんて人間が、まともな考えでいられる訳がないでしょう。僕に言わせれば証券会社なんて最初からインチキまるだしの会社で、あらためてそんなことを言い出すジャーナリズムって、本気でそう思ってるなら相当におめでたい限りですが・・・まぁ、それほどみんな単純とも思えないに、そうした結論でお茶を濁さざるを得ないのは、結局「本音と建前」から逃れられないジャーナリズムから無縁なジャーナリスト達のせいなんでしょう。

 そもそも、「株式」の仕組がよく判りません。判りたいとも思いませんが、貧乏人の本能がああしたモノはインチキだと囁くんです。ねずみ講と大した違いはないでしょう。いってみれば国家公認のねずみ講かも。
 利益供与の方法ってのも、いかにもお粗末なシステム。株で大損した人、いい気味です。がはははh、


7月31日(Thu)
 ようやく結膜炎が直ったと思ったら、今度は「とびひ」で鼻の周辺がなんともものすごい有様に・・・今年の夏の正美の病院通いはまだまだ続きそうです。

 最初はニキビのような小さい発疹がふたつほど鼻のわきにできていただけだったのが、気になるモノだからとついつい掻いてしまうので、いつの間にやらオペラ座の怪人かカポシ肉腫の患者のよう。<我が子にあんまりな形容では?
 本人にあまり自覚がないので、そんなものすごい顔つきのままで図書館に遊びに行ったりして、奥さんが嘆くこと嘆くこと・・・麻美は外見に妙にこだわる処があって、病気でひどい格好だったりすると友達がきても会いたがらなかったりするんですが、正美は一向に平気なんです。おしぼりで平気で顔を拭くタイプと言えばご理解いただけますでしょうか。まったくなぁ・・・誰に似たのやら。って、モロに僕にそっくりなんですね、悲しいかな。がはははh。
 モノにこだわらないと言えば聞えが良いようですが、単に無神経なだけなのは人間としてはどうかと思うけど、これからの世紀末を生きる人間にその無神経さも必要なのかも。ただし、「おんな」としてはいろいろと軋轢があるのかも。
 そもそも、きめ細やかな思いやりやら繊細な感受性なんてモノを女性に求めたりするのは、職場のお茶くみやら円満な家庭生活には必要な「技」なのかも知れませんが、近ごろではそんなことで成立つ男女の関係性の陳腐さに気付きはじめている女性も多いような気がします。うん、かえってよく気がついたり何かと世話を焼きたがるのは、最近では男性のほうかもしれません。子供達のクラス見渡しても、大体男の子の方が大人しくていい子が多いようです。女の子の騒がしさは・・・しかしずっと昔からそうだったような気も。

 この夏、正美はほとんどプールに入ることもできないまま。何だか「友達に伝染る系」の病気ばかりで家の中でじっとしていなければならない事が多くて、ちょっと可愛そうな気もしてきました。まぁ、本人は至って元気で相変らずノーテンキなのは・・・そんな処も父親そっくりだったりします。


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