デーテーペーな1日 デーテーペーな1日


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12月19日(Sat)


 人間70年もやってきて、その死すべき原因が癌だから「最悪のシナリオ」とかご大層に騒ぎ立てる山岡久乃って、いったい幾つまで生きれば、あるいはどういう死に方なら満足のいくシナリオだと思えるんでしょうか。
 10才から売春を強要され、やがてはエイズウィルスにおかされて早晩死すべき運命にあるソマリアの少女とか、母親の無理心中の巻添えで真っ黒に焼け焦げて死んでいった5才の子供の死のシナリオは、女優・山岡久乃が手渡されたシナリオと比べて果してどれほどに「最悪」なのか・・・ある日眠りについたまま、それっきり目が覚めないなんてのはそれはもうとってもラクチンな死に方だとは思いますが、そんなふ抜けたシナリオじゃ今時幼稚園児も感動させることなどは出来ないような気がします。
 「恥を知る心を棄てたものがよく啖い、人を多く殺した者がなりあがった。」 乱世に生きる人間の生き様を語った小説の中の一節ですが、まさに僕達が生きる「現代」もまた、そうした乱世そのものと言えるのかも知れません。そんな乱世に70年も命を喰らって生きながらえてきた人間としては、もうそろそろ納得して死んでいっても良い頃なんじゃないでしょうか。誰にとっても己の死は受入れがたいものであることは確かですが、何れにしても死ぬことには変りがないんだから。
 かくのごとき世紀末・乱世の時代を生きている人間とすれば、本当の処を言えば最後は山犬にでも喰われてその腹の中で消化されてこそ食物連鎖の輪の中に加わっている一個の「生き物」である己を実感できるんでしょう。しかしながら、いまの世の中では「山犬に喰われる自由」などはもっとも難しい類の自由なのかも知れません。
 凡百の宗教家の説教よりも、山犬に喰われる人間の姿の中にこそ生きていくことの意味はある筈です。

 何れにしても、「死の病」というものにヒトは興味が尽きないようです。あと何ヶ月の命と宣言されることは、それはそれでなにかと都合の良いこともありそうな気がします。恐らく死に至るまでのその数ヶ月間に味わう「恐怖」と「自由」というものにいつも興味があります。


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