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10月4日(Sun) 親の気持が判りすぎる子供というものは、切ないものだ。そんな子供は、親のほんの些細な仕草や声の調子で、自分には何を求められているのかを容易に知ることができるし、必死になって知ろうとする。自分を庇護するべき存在をそれ以外には知らず、だからこそ、この世界にあって唯一無二の存在を求める事の強さというものは、大人の想像の域を越えてしまっているのかも知れません。 ただし、そうした思いはいずれは失望に変ることを知る事もまた、人間というものが抱えた「切なさ」の正体のような気がします。かつては自分自身もそうであったことを忘れてしまう事の意味には、そんな人間の懊悩の深さをより切実に物語っているように思えるのです。 しかしまた、子供の頃の自分自身を忘れてしまうと言いながら、子供の気持が判りすぎる親は苛立つものだと、そんな事を感じることもあります。それは、決してそうするつもりはなかった筈なのに、「子供に厳しい親」というモノに自分自身がなって改めて知った事実でした。 自分の子供時代の事を思いだせば容易に想像がつく筈なのに、些細なことで強く叱ったり大きな声を出した時に耐え切れぬ程の自己嫌悪に捕えられながら、他ならぬ僕を怯えた目で見返す子供の目にさらに苛立つというのも・・・我に返った時、とりわけ苦いモノが胸の奥深くから湧いてくるようです。 子供の目に一瞬浮んだ逡巡や恐怖、打算や絶望にも似たモノが、他ならぬわたし自身から投げつけられたモノの忠実な反映であることを知って愕然とする。そんな時、わたしが思い出すのは部屋の片隅でじっとうずくまったまま、成す術もなく泣いていた幼い頃のわたしであることを知って、失ってしまったモノをもう一度取り戻すことは可能なのかと、ふと「切なく」思い悩む事もあります。 「親の意向を察知する子供」というコトバから、少し違ったことで思うことがありました。僕自身は「親の意向」というものは極力望まないつもりでいるのですが、そう思ってはいても、どうしても消えない「親の意向」というモノはやはり存在するようで、それに添おうとする子供達を見ていて苛立つというのは、考えてみると本当に理不尽な仕儀だと、改めてそう感じたようです。
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