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8月20日(Thu) ここ何カ月か、しきりと自分の「死すべき時」を意識することが多いんですが・・・あぁ、別に人生に飽き飽きしたわけでも、伊丹十三の自死の際に取りざたされた老人性の鬱病という事でもないようです。 深刻な悩みごとがあって鬱々として自分の将来を悲観するのではなくても、なんとなく「漠然とした不安感」やら焦燥感に駆られるというのは若い頃には何度も経験したのですが、それはやはり、如何に生きるべきかに悩むあまりに「死」に向い合っていただけで、実際には「死」に対するイメージとしてはほとんどなにも考えていなかったような気がします。 そんな風に性急な「死」への渇望ではなくて、少しずつ失われつつある僕自身の時間というものを、ある日不意に意識させられた瞬間と言うモノがあって、そのあまりのなまなましさと確かな実感に、そうか、「死すべき時」というものは、こうしたカタチで少しずつ自分自身の内側に降りつもっていくものであったのか・・・と、我知らずに納得する事があったようです。 そうであるならば、やはり自らの「死すべき時」は自らで選択する必要がある筈で、何れどこからか舞降りてきて有無を言わさず僕を引きずっていこうとする傲慢な輩に異を唱えるためにも、その事に常に意識的であらねばならないと思うのです。 高速道路をひとり走る夜更けなどに、ふとこのまま側壁へハンドルを切りさえすれば、一切のことどもが消え失せるのだと囁く声が聞えたような気がして、そう思えた瞬間に逆に我に返ると云う事がよくあるのですが、結局はそんな声は聞えなかったのだろうと、ただひたすら路面の凹凸に沿って車を走らせてはいるんですが、なんとなく惜しいような気がした・・・と書くのは、やはりあまりに虚無に過ぎる感想なのかも知れません。 自分の人生の収支決算を考えてみると、もう十分にもとは取れているような気はします。若い頃には思いもしなかった余禄まで手に入れて、誰にと言うわけではありませんが「申訳ない」と、そう呟いてみたくなる瞬間すらもあるようですから。
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