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5月26日(Tue) 12人の遺族にとって、「無期懲役」ではなくて「死刑」という判決が下されれば、いかなる部分が癒されるのか、あるいは何一つ変ることはないのか・・・残念ながら僕には判断する術がありません。 ただし僕自身の感想はと訊かれれば、この裁判自体がひたすら疎ましいだけ。 地下鉄サリン事件の実行犯として最初の判決を受けた「林 郁夫」の裁判は、「情状酌量」や「自首」などをその理由としているように見えて、結局は国家権力というものの傲慢さと不遜さを改めて国民に示すために周到に練られた「茶番劇」でしかないようです。 国家に逆らう集団だからこそ、転向者に手厚い庇護を与えるのは、権力というものの昔からの常套手段のようです。ひたすら恭順し懺悔の涙を流すものには慈悲を与えるが、捕えられてもなお刃向う人間は八つ裂きにしてでも息の根を止めるというのが結局は彼らの本音だとするなら、情状を酌量して「無期懲役」に減刑するなどと言った言葉は、裏返せばある種の脅迫でしかないことに気付くべきなのでしょう。 しかしまぁ、50才にもなる人間の思いこみの激しさとその悔悟の涙のなんという幼さ・・・すべてはただの自己憐憫でしかないことにもウンザリ。 この程度の人間の苦悩によって命を失うことの理不尽さと言うか・・・あえて極論するなら、マンガチックなばかばかしさこそが、平和ボケした日本人に残された悲劇の正体なのかも知れません。 そう考えると、死刑になどなって「林 郁夫」という男の存在が歴史の1ページを飾るよりも、何年後かに「あの人は今?」などと題した女性週刊誌のコラムに登場する程度の存在となることが、むしろ彼のような人間には相応しいような気がします。 同じく生きたいと望んだ「永山則夫」が、許されることなく処刑されたのは、つまりは国家の前にひれ伏す姿勢がなかったからでしょう。まぁ、どちらがより良く生きたことになるのかは、考えるまでもないことですが。
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