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僅か7才の我が子の「遺品」に向い合わなければならないとは・・・それも血まみれで無惨にひしゃげたランドセルや小さな靴だったりしたとき、その理不尽さは到底言葉にすることは出来ないのでしょう。 泣くことでなにか癒されるものが例えわずかでも有るとするなら、人目もはばからずに号泣するのでしょう。誰かを身代りにと悪魔が囁けば、その契約に署名することをためらう親はいない筈です。我が子の死を購うために、あえて死を与えようとすらするかも知れません。 人の世に在って、人が死ぬことの当然さに私達はあまりにも馴れすぎているような気がします。見知らぬ土地で名前も知らぬ子供が死んでいく事に切実さの感じられない事をして、それを我々の無恥と恥じる必要はないのかも知れませんが、我が子を失って始めてその事を知る・・・それが私達の罪の証、或は私達への罰なのだと糾弾するのが、他ならぬ私達の「神」であったとするなら、そんな「神」などは唾棄すべき存在でしかない。 だからこそ、泣くことをやめて我が子の遺品に向い合った父親や母親は、なにも始らず、なにひとつ満たされる事はないのだと知りながら、血の通わぬ不毛な法律に依ってでもなにがしかの裁きを求めようとするのでしょう。 ちっぽけな個人が異を唱えてもなんの関心も示さず、あるいは門前払いで事を処理しようとする癖に、マスコミが取りあげると慌てて取繕うというのがゲスな官僚機構の弊害そのもの。そんな輩が人を裁くことに真摯である訳もないだろう。人の痛みを知らぬ人間が人を裁くことの傲慢さには心底うんざり。
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