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あの日の痛みの記憶は、もう私の中にはありません。あまりの苦痛に耐えきれず、あぶら汗を流して身動きひとつできなかった筈なのに、ソレがどんな痛みだったのか・・・今ではすっかり忘れてしまいました。 下腹部に醜く残った傷跡と、ひきつれるような痛みが微かに走ることはあっても、その事であの日を思い出すことも、今ではほとんどなくなってしまいました。 ただ・・・手術台の上の全裸の私を正視できずに、足元を見つめたまま呆然と私の手を握っていたあなたの事や、麻酔に朦朧とした私が「ごめんなさい」とあなたに告げたとき、耐えきれずにこぼれたあなたの涙の事などが、日ごとに鮮明に思い出されてくるのです。 妊娠を告げた医師の手が、モニターに繋がった小さな機械を私の下腹部に押しあてて、不審そうに何度も往復する。その機械が押しつけられる度に鈍い痛みが下腹部にひろがり、力を抜くように言われても耐えられない苦痛に身体が自然と固くなる。痛みで固く握った掌からは冷たい脂汗が流れおちるのが分かった。 「エコーで見る限り、どうやら赤ちゃんは子宮の中には無いようですねぇ。」 年若い医師がモニターを眺めたままでそう告げた。 「子宮外妊娠のようです。それも早急に手術しないと大変危険な状態のようなので、大至急ご主人に連絡する必要があるんですが、連絡先はわかりますか?」 私にはその医師の言葉がなにを意味するのかまるで理解できなかった。耐え切れぬ程の痛みのうねりに捕えられながら、私の身体のどこかで、血まみれの何かの塊がドロリと動いたような気がした。 廊下で向い合った医師とおぼしき白衣の男とあなたが、ステンレス製の腎臓型をした盆を挟んで立っているのが見えた。中には血まみれの赤黒い塊がひとつ。 「左の卵管にありました・・・お気の毒さまでした。」 あなたはその小さな血の塊をじっと覗き込むように眺め、突然リノリウムの床にひれ伏して嗚咽した・・・あぁ、あなたがこんなに人目もはばからずに泣くなんて、胸が締めつけられるほどのその悲しみが、私にまでも伝わるようでした。 私は医師の後ろのストレッチャーの上に寝かされているのが私自身であることに気付いた。血の気の失せた表情からはもう苦痛の色はなくて、虚脱したようなその表情は、数年前に死んだ私の母にそっくりだった。 死者の見る夢に苦痛や悲しみがいまだ癒されずにあると考えるのは耐え難いものですが、全ては死によって雲散霧消しているのだとするのも、にわかには納得できない結論でもあるような気がします。
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