デーテーペーな1日 デーテーペーな1日


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3月19日(Thu)
 自分の分身と暮す・・・「クローン羊ドリー誕生」というニュースから帰結できる「すばらしき新世界」的結論とは、まさしくその通りなのでしょう。しかし、いくら遺伝学的にデザインされたとはいえ、性格までもが遺伝子操作で変えることができるものなのか? そのあたりを手つかずのままにして、肉体的にやたら頑健で健康についても申分のない、性格は今のままといった「自分自身」と同居するのは、僕だったらやっぱりお断りです。
 これは結局のところ、古くから言いふるされてきた親と子の近親憎悪・お互いの中に己自身を見てしまうことの苛立ちを、単に極端化させただけのような気がします。我が子の振舞いに、ある日の自分の行動を重ね合せて、あぁ・・・と一人合点する事というのは何かと多いものです。

 ふと振り返ったとき、ショーウィンドーに写った父親と並んだ自分の後ろ姿に例えようもないほどの不快感を感じたのは、その丸まった背中のラインがあまりにも似かよって見えたからだったようです。優柔不断で愚劣な父親だと軽蔑しながら、自分自身の裡なるものの存在に気付いたときの無力さが、まさしく「自同律の不快」というものの正体だったようです。
 あるいは、子供達がついた他愛のない嘘に、居丈高になって叱っている己のその余裕の無さにふと気づく・・・眼の動き、ほんの些細な言葉の切れ端で、何を思ってそう言うのかがまるで自分のことのようによく判ると言うのも、理由としては似たようなものかもしれません。
 嘗て、同じように母親から畳の上で正座させられては「なぜお前はかくの如き粗雑な嘘をつくのか」と、嘘をつく動機について際限もなく責められていたあの日とは立場は逆転していても、涙が音を立てて足元に落ちていったことまでもが、違っていてもまるで同じ記憶なのだと、ふと我に返って愕然とする事があります。

 やはり僕は「僕自身」と暮すなんて事は到底できそうもありません。僕は「僕自身」の愚劣さに我慢がならない筈です。

 おのれが育てられたようにしか自分達の子供を育てる術を知らないのだとするなら、僕は「子育て」というものにとても自信がもてません。
 何かが違っていると思えばこそ子供達を叱っているのだと・・・それはなかば願望に近いのかも知れません。


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