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我が子を殺す母という存在は、実はそれほど希有なモノではないようです。あまりにもイノチの過剰なこの惑星にあって、「子殺し・親殺し」はいつの時代にも付きまとう、人間というモノが本来持っている「暗い本能」の表れのような気がします。 ただし、大方の人間が生きることだけをイノチの証であると信じていた時代には、それなりの切実さのあった「子殺し・親殺し」と、とりあえずは飢えの危機から脱したかに見える、現代に生きる僕たちが抱く身近な人間へ向けた「殺意」とは、明らかに異なる部分があるようです。 ほとんど理由にもならない理由から、子供達を折檻死させる親たちの、ぼんやりとした殺意と些細なことに対する過剰なまでの苛立ちの向こうに透けて見えるのは・・・やはり己自身の「イノチ」に対する恐怖のように思えて仕方がないのです。 のたうちまわるような苦痛とも悲劇とも無縁なままに、ただなんとなく生きている自分自身の「生」のその無目的さに絶望しつつ、実はその絶望にすら気付かせないような、この「ぬるま湯的現実」の不幸・・・ほとんど無意味な崩壊の軌跡に飲み込まれつつあるそうした家族の姿には、やはり僕たち人間という「種」自身の漠然とした閉塞感がどこか匂っているようです。 子供を殺すことで、僕たちは僕たち自身の未来を拒否しようとしているのかもしれません。 幼い子供の死ほど、僕のココロを波打たせるモノはありません。ただし、それは同情や憐憫からではなく、その死のあまりの無意味さに誰にではなく、ひたすら激怒するからです。それは僕自身の無力さに対する怒りなのかも。
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