デーテーペーな1日

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9月25日(Thu)
 テレビと云うモノの傲慢さ、無神経さ、非人間ぶりを改めて知らされるようなことが時たまあって、その度に苦いモノがのどの奥からこみ上げてくるのを押えることが出来ません。所詮はたかだか2時間ほどのテレビ特番の、その中の僅か10分あまりのコーナーだからこそ、僕にとっては耐え難いシーンでした。

 いわゆる「捨子」として自らの名前も知らぬままに施設で育った子供達に向けられたカメラと質問者達のなんという冷たさ。
 おまえは親によって捨てられたのだという事実を年端もいかぬ子供に向けて執拗にくりかえし、期待通りの親への「うらみつらみ」の言葉を引出すことで、台本通りのシーンを撮ろうという彼らの意図があまりにも無神経すぎるのです。十分に傷ついてる子供達のココロをさらに引裂いてまで語るべきモノが、テレビなどという薄っぺらなメディアの裡に存在するのか? 大仰なナレーションと悲しげな音楽でスタジオの出演者が神妙な顔で涙を流して見せても、たった5分後には全て忘れて新たな話題で盛り上がる、そんな徹底して無神経で無自覚な人間達の言葉などにひとかけらの真実もあり得るはずもなく、したり顔で同情される子供達の人生なんて、そんなお気楽な連中にとってはなんの関係もないことが僕には我慢がならないのです。この世界との軋轢に打ちひしがれそうになりながらも密やかに続けざるをえない、子供達の人生には誰も気付こうともしない。いや、スタジオで感極まって心地よい同情の涙を流す出演者のために消費される人間の不幸なんて・・・そんな愚劣なモノを共感することは僕はお断りします。徹底して無関係だからこそ流す彼らの同情の涙なんて、結局は自らを写す為の「自惚れ鏡」でしかないことを思い知るべきなのです。そう・・・人間の人生をオモチャにして楽しむのはもういい加減にしてほしいと、心底そう思います。

 なんの反省も共苦の感情も、そこにはただのひとかけらも無いのでしょう。ただし、テレビという「不幸」を売物にする箱と、それを覗き込む僕たちとの間のなれ合いの関係性の裡にこそ問題の本質は潜んでいるのだとするなら、恥ずべきはまず僕たち自身なのかも知れません。


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