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ついこの間話題にしたばかりのウィリアム・バロウズですが、本当に死んでしまったみたい。なんというナイスなタイミング・・・って、人の死をそんな風に言っては不謹慎でしょうか。 「ジャンキー」とか「裸のランチ」なんて作品を書いたビートニックの作家が享年83才なんて聞かされると、つくづく肉食人種の強靭な精神力みたいなものを感じてしまうのです。繊細でひ弱な農耕民族には、なかなかマネのできる芸当ではありません。自らの書上げた作品に逆に飲込まれてしまう、そんなちっぽけな精神力の持ち主にはうかがい知ることのできない境地なんでしょう。箱庭のようにちまちまとした私小説に己の人生を投影するような作家は、現実世界でも概して短命なのかもしれません。外国で著明な日本人作家に、外見のジャパネスク風とは異なる肉食性の資質の持主が多いのもそうしたことの結果なのかも。ノーベル賞作家の川端康成なんて、モロ肉食系の変態オヤヂでしょう。 ウィリアム・バロウズの訃報の上には、もう一人・・・あの初代「一条さゆり」が大阪の西成でひっそりと死んでいたという記事も。例によって、「一条さゆり」と言う名前が醸し出す記憶を懐かしんでいるだけなのかも知れません。60才という年令や釜が崎での孤独死なんて記事の端々に、この訃報を書いた記者の同じような感傷の一端が現れているようですが、まぁ・・・何れにしてもオヤヂ達の不明な感傷癖にはなんの意味も有りません。タダの老化現象にしか過ぎないと言うもっぱらの噂です。 「死」に付いて語るなら、いささかタイミングを外してしまいましたが、やはり永山則夫の死刑執行についても少しだけ。 死すべき時に死にゆく人間は、むしろ幸せな存在なのでしょう。死すべき時を見失ったまま愚かにも右往左往するのが人間の常だからこそ、そう思えるのです。彼はむしろ生き過ぎたような気さえします。刑務官に付添われながら死刑執行の為に引出さる彼の表情に、ある種の安堵感を見たのは、ただの僕の妄想ではありましたが・・・
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