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神戸の14才の少年の顔写真を巡って、またもや何処やらでドタバタ劇がくり返されているようですが、何れにしてもなんの反省もない大人達のよそ行きのコメントばかりでウンザリさせられることには変りがありません。 所詮は金のため・ゲスな読者の欲求に応えるために少年の顔写真を掲載した雑誌社は、相変らず問題提起のために掲載したなどと空疎な言訳に終始しているかと思うと、普段は少年法の理念などになんの興味もなさそうな政治家まで、不快感を表明だとか言論・出版に関して何らかの規制が必要などと、結局は事件の騒動を期待して何やら尻馬に乗って何時もの放言をくり返しているだけ。学校教育のゆがみが原因等と言い出す輩が、結局は現在の教育システムを作ってきたことになんの反省もないとは・・・我々の社会システム自体が産み出したことに対する真摯な反省無しには第二第三の少年の出現は最早止めようがないのでしょう。 政治や学校教育が人間の裡に潜む狂気や絶望にかくも無力な時、自分たちの子供を育て守っていくのは自分たち自身でしかないことをもう一度確認してみる必要があるのではないでしょうか。 人に愛を説く言葉が結局「自己愛」の変形のようにしか聞えないこの社会の在りようを変えない限り、僕たち大人に突きつけられた14才の少年の問いに答えることはまず不可能なのでしょう。 そう、少年の顔写真にどこか我が子と似たところがなかったかと不安になった親たちは、もう一度我が子の前に真摯な思いで立ってみるべきなのです。 話題にはしたくないのですが・・・誰も彼もが人ごとのようで、切実さの見られない大人達のいい加減な反応こそが事件を産んだ我々の社会のあり方そのものに思えて我慢がならないのです。だからと言って、私になんの有効な考えのないこともまた事実です。だからこそ一層憂鬱なのかも知れません。
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