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したり顔の精神分析医やらペテン師のような風貌の元FBI心理分析官がいくら分析して見せたところで、結局のところは快楽殺人者やサディストの犯行と一言で片づけてしまうのには、また別な理由があるような気がします。欧米型の連続殺人犯とはまるで違って見えた、あの「連続幼女誘拐殺人犯・宮崎 勤」を、多重人格やら精神分裂病と診断して医学的に説明したつもりになってみても、そんな手垢にまみれた手法では彼の行動の原初的な動機を説明することは永遠に不可能なような気がします。なにか・・・どうしようもないまでに日本的な絶望と孤独の匂いのする事件を、いわゆる「きちがい」のやったことと断じることで辛うじて平衡を保とうとする僕たちのあやふやな日常・・・そんなぬるま湯のような関係性にまたもや突きつけられたナイフの感触は、やはりゾッとするような腐臭と血の匂いに包まれているようです。 無抵抗な子供を狙う手口や残忍なその殺人方法を声高に叫んでみても、人間がくり返してきた殺戮と残虐にとって、ことさら目新しいことでもないのは、歴史書を眺めるまでもなく自明の筈なのですが・・・どこまでも平和ボケした現代日本の社会にとっては耐え難い違和感なのでしょう。 一見してひ弱で無力に見えた「連続幼女誘拐殺人犯」の、その幼い顔つきこそ現代に生きる僕たち自身の裡に秘められた「のっぺらぼうの蒼ざめた横顔」そのものだったように、早暁の闇に潜んだ今回の殺人者もまた、僕たちの隣人であり家族であることもまぎれもない事実なのです。 無惨な死をとげた子供と、その死を与えることで自らの何かを取戻そうとした殺人者が夕暮の住宅地ですれ違う事こそが、まさに現代の悲劇そのもののような気がします。 悪夢のなかでくり返されるような事件。まさにゲームやコミックスの世界の出来事のようであって、一向に現実感に乏しいのは、はたして現実が病んでいるのか?その中で生きている僕自身が病んでいるからか?・・・どちらとも言いきれない自分自身を見つけて、いっそう暗澹たる想いが募るようです。
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