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1952年のメーデーではデモ隊と警官隊の追突で二人が射殺されたなんて聞かされても、もはやだれも信用しないような気がします。いわゆる「血のメーデー事件」と呼ばれる事になるのですが。 年表によれば、同じ年に講和条約が発効してやっと日本は占領状態から脱して独立が回復した筈なのですが・・・騒擾(そうじょう)とした当時の日本は、廃虚の残る街並と共にどこまでも血生臭い空気に満たされていたようです。 その日からたかだか45年・・・あたかもゴールデンウィーク中の風物詩と化した最近のメーデー会場は、今年もまた、行楽気分のふやけたカップルとビンボーくさい家族連ればかりで埋め尽くされていたようです。家畜の群の平和ってのは、まさにこの事のようで、ひたすら疎ましい気分に陥るのは僕にとってもまた例年どおり。 とっくに終ってしまった「まつり」を何時までも懐かしんでいる愚かな人の群と、呆然とテレビのブラウン管越しにそんな空虚な風景を眺めている僕自身の裡にも、やはり廃虚の記憶しか残っていないことを・・・はたして嘆いているのか?苛立っているのか? 自分自身でも決めかねているのかもしれません。 かつては革新知事のお膝下の京都の小学校では、メーデーと言えば教師は堂々と授業放棄して参加したものです。熱血教師は学校でも熱弁をふるうのですが、生徒は半日休みになるのがただただ嬉しかっただけでした。
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