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あの「地下鉄サリン」から2年と聞かされて、たったそれだけ?と思えるほどに、事件の印象はなぜか日ごとにボンヤリするばかりです。 あの日以後、「オウム」に関して際限もなく語られてきた言葉は、まるでどこか別の宇宙のお話しででもあるかのようで、僕の中ではいつまでも実感に乏しい事件でした。どこから見ても胡散臭い麻原彰晃などという人物に心酔してしまう若者の心根が理解できないまま、オカルトや超能力に惹かれる「時代のいかがわしさ」が、喉につかえた異物のように、いつまでも心の片隅から離れないのです。 どこかしら、「挫折」の影を引きずる若者達が多いことも僕の心を暗澹とさせる原因のようです。彼らが信じようとしたモノ・・・自らの全存在をかけて守ろうとしたモノの俗っぽさが、いっそう無惨に思えるのです。稚拙な滅亡と再生のストーリーを予言した彼らの教祖の、現実世界でのあまりの不甲斐なさと、その結果として為されてしまった「事件」の重大さとの間の距離の大きさが、僕たちを訳の判らない不安な気分にさせ、いつまでも残る居心地の悪さの原因となっているような気がします。 二年前の朝、霞ヶ関の地下深く・・・縦横に錯綜するトンネルの闇の中、ビニール袋から流れ出した「サリン」の溶液からたちのぼった致死性のガスは、僕たち自身の心の奥深くまで秘かに拡散していったのかも知れません。蝕まれつつある僕の脳細胞が見た妄想のなかで、被害者と加害者の関係はいつまでも曖昧模糊としたまま、灰色のベールの向うでいつの間にか風化してしまったようです。 被害者と加害者、僕自身の裡ではどちらの側により一層の切実さがあるかといえば・・・無意味な殺戮の犠牲者を悼む人間は多いのでしょう・・・自らの行為の無意味さを知ったテロリスト達の絶望の、その救いのなさが気にかかるといえば、やはりそれはあまりに不謹慎でしょうか?
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