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埴谷雄高の死を聞かされて、ある種の感慨を抱く人間と言うのは、今のお手軽な時代にはそう多くはない気がするのだが・・・新聞の死亡記事は以外と思えるほどに大きかったような気がします。幾度と無く発表される「死霊」の最新巻を買求める人間はそれぞれの世代に、いつも極少数ながら確実に存在しているようです。 ひとつの時代を共有した人間にとっては、なかば「伝説」半ば「畏敬」の霧の向こうに立つ巨人の一人として、どうしても忘れることの出来ない存在なのでしょう。 徹底的に自己を凝視するその瞳の奥にあるのは、過酷な現実との相克に打ちひしがれた魂の、苦渋に満ちた絶望と諦念の記憶だった。しかし、何一つ頼るモノのない独房の中で、思索によってその絶望の海から這いあがろうと決意した埴谷雄高は、自らに科した「思考実験」によってひたすら無為なる人間の存在の意味を問い続ける。決して答えることのない「神」との問答を妄想して深夜に呆然と闇を見つめながら、覚醒と眠りの狭間のいわば夕暮のような意識の中で、あり得ない答を求める為に用いたその方法こそが「小説」という形式だったのでしょう。しかし、決して結末の見えない永遠の問いを発し続ける行為とは、まさに人生そのものの謂いであり、本人にとっても、それは未完に終らざるを得ない問いである事も、自明の真理だった筈です。 最終章を書くことなく未完に終った「死霊」こそ、これ以後、僕たちがまさに語り継ぐべき妄想という名の思索が紡ぎだした美しい結晶なのです。 しかし、永久運動を続ける時計台の下で、なにやら気むずかしげな老人が呵々大笑している光景も又、僕の愛すべき妄想のひとつではあります。 どうしても難解な文章になりがちなのは、まぁ埴谷雄高へのオマージュだと思って頂ければ。しかし・・・戦前から営々とひとつの小説だけを書き続けるというのは、まさに小説家にとって至福とも呼べる人生だったような気がします。思考に淫する人生というのは、僕などには到底出来そうもありませんが、実生活ではただの好々爺で晩年を終えられたようで、まさに大往生なのでしょう。
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