歳時記(diary):六月の項

一日

外来してカンファレンスして病棟回診して。
科の大ボスと話をしていたときに「最近は透析導入しない方針にする人が増えたね。前は多少認知症があっても続けていたけれど」と。
正直に言えばどきっとする話で。高齢者や認知症患者で維持透析を行うことは難しさが大きいからこちらも強くはお勧めしていない。特に本人があまり乗り気でない場合には。とはいえ、たとえば認知症だから抗生剤を出さないとか、高齢者だから治療を何もしないというのは一般論として否定されるべきだろう。
医療を受ける権利の保障と、治療内容の選択。そして、選択した治療法によって起きることは本人が被る。うまくいけばいいがうまく行かないときもあって、どちらに転ぶか事前に予想できない。いたずらな苦痛を与えるリスクもある代わり、快方に向かう可能性もある。それをどう選んでもらうのか。インフォームドコンセント時代の悩み、かもしれない。

二日

都内へ出る。行き帰りで「からくりからくさ」(梨木香歩/新潮文庫)読了。
しばらく前に買ったまま本棚で寝ていた本なのだが、読み出したらいやあ面白い。ほとんどの登場人物は女性なのだけれど、偶然に集まった四人の女性の過去と現在が交錯しながら物語が進む。それぞれの出自、家系の物語がそれこそ唐草のように絡み合うように終盤にもつれ込んで行く。
新しく生まれる物語と閉じられる物語。そして、派生していく物語。染め物や織物の話がそれに絡み合っていく。一読するだけでは掴みきれない奥行きを持った物語だった。
そう言えば作品中でマーガレットがひたすら土作りに燃える話が出てきますが、ウチの庭でも一ヶ所、ひたすら土作りしてるだけ状態な一角があるんですが。掘り返すときっとみみずが出てくるな‥‥。

三日

昼過ぎから研究会。症例発表を無難にこなして帰ってくる。この週末きつかったんだけどこれでなんとか山は越えた、と。

「獣王星」(樹なつみ)を久しぶりに読了。ハードな設定のマンガ、好きだな。

四日

夕方、当院後期研修プログラムの(内輪向け)説明会。何故か「お前やれ」と上層部よりご氏名があったのでへどもどと語る。
自分だって勉強中なんですがねぇ。

五日

夜、歯科に受診して抜歯。噛み合う相手がいない親知らずを。
別に痛んでも曲がって生えているわけでもないのだが、噛み合う相手がいない状態で生えていても虫歯になるだけってのはその通りかもしれない。なんだか暗示的ではあるが。

六日

抜いた後が痛み出すかもとちょっとおびえていたのだが幸いそういうことにはならず。
夜は当直。軽症が多くて何より。

七日

明日からいなくなる予定ということで必死で退院総括書いたりレセプトチェックしたり指示出ししたり。そういう日に限って調子悪くなる患者さんもいるし。

八日

午前中の外来を加速装置つきで終わらせて(ぉ, 十一時過ぎに病院を出る。日本病院会主催の臨床研修指導医養成講習会。以前にも似たような趣旨の会に出席しているのだけれど、今度は厚生労働省の講習会受講証を貰うために参加。講習一個でどのくらい成長するのか、って意見はあるだろうけれど、やらないよりましってことで。

やや目論見と違ったのは参加者層。自分が若手にはいるだろうとは思っていたが、かなりぶっちぎりで若い。も一人職場の後輩を除けばみんな40代以上とお見受け。ちょっと浮いてました。

九日

朝はよから電車に乗って、指導医講習会に滑り込む。講義・ワークショップ・講義・ワークショップと一日医学教育漬け。正味八時間くらいは講義とワークショップに参加すると、大分くたびれた。
行き帰りの電車内で「星のパイロット」「彗星狩り」(笹本祐一/ソノラマ文庫)なぞ読み始める。

十日

午前中いっぱい指導医講習会。コミュニケーションに関するワークショップは「どのようにしてコミュニケーションギャップは生じるのか」が考えられてなかなか面白かった。一つの言葉から想起するものは人それぞれさまざまで、そのギャップについて、わたしたちは関心を持っていないと意外なところで足を取られる。
もっとも、アルコールは水分に入らないってのはある程度言いわけなんだろうけれど。

「スプライト・シュピーゲル」(冲方丁/ファンタジア文庫)読了。わードイツ語かっちょえー(<莫迦)。独特の文体は読みにくいような雰囲気が伝わってくるような。とりあえず「オイレンシュピーゲル」も買って来るか。

十一日

週末病院には来てなかったけれど仕事してる並の日程を組んでいたということで、ちょっと疲れのたまった月曜日。
よーやく業務を終えて家路についたのが十時過ぎ、家に帰って晩飯の準備を始めたのが十一時過ぎ、病院からの電話が鳴ったのが十一時半。はぁ、緊急透析の依頼ですか。
そのようなわけで日付変更を待たずに病院へ向けてとんぼ返りと相成る。

十二日

呼び出し明け。透析の合間で二時間位寝て、朝方這うようにして家に帰って一眠り。そして今日も日常業務〜

透析室の看護婦さんが唐突に言いました。
「先生、『涼宮ハルヒ』って持ってる?」
「持ってますよ。」一般常識として(ぉぃ
「あと、『半分の月がなんとか』って話は?」
「『半分の月がのぼる空』かな。持ってるよ。」やっぱり基本でしょう。
‥‥なんでも中学生の息子が机に向かって読んでるから、勉強しているのかな?と思って後でこっそりのぞいてみたらそのような本を読んでいた由。「半月」読んで泣く中学生は割といい奴だと思うのですが。

十三日

年金記録方式に欠陥 「宙に浮く」からくり判明って、えらい不思議なシステム組んでたんだなぁと驚愕。そこまでしてなぜカナ氏名を付けたのかしらと思ったり。

十四日

受け持ちが多いんでなかなか大変。週末で何人か退院するんでそれを乗り切れば少し息がつける予定だが。
結構へばってるみたいで帰ってきて無駄に元気な子どもを寝かしつけてたら自分も眠くなってるし。

十五日

本日午後より透析学会。んでもってわたしはお留守番〜(爆)
自分の患者は急変してるし、なんか疲れそうな週末‥‥。

十六日

土曜日。最初っからフルスロットルで仕事仕事。一人体制なので先手必勝で少しでもやれることをやっておこう作戦。おかげで比較的余裕はできた。

夜は近所の神社で夏祭り。観に行ったら子どもがとっとと寝てしまったので早々に引き上げてきた。

十七日

ゆったり朝寝坊。わーい。これしないと疲れが取れないなぁと思う。
その後でお買い物して昼飯喰って‥‥で当直。
ちなみに夜の睡眠時間は1時間プラス2時間程度。間違っても合計三時間なんて計算をしてはいけない。

十八日

人定の難しさに関連して。
夜の救急外来に住所不定な人が来たんですよ。実家はあるし、仕事も以前はしてたんだが、やめて友人宅を転々としててまぁ連絡先はないという状態。
さて、診察が終わって支払いの話。本人は所持金ほとんどなしだけれど、実家に連絡を取れば送金してもらえるしそれを使って診察代を払う意志はあると。けれども送金を受け取るための連絡先がないので入院させてもらえないかって話が出てきました。
‥‥いや、病院は私書箱じゃないから。だけど、じゃあどうやって送金してもらえばいいのかって言われるとあんまりいい手が無いのだな。警察にせよ役所にせよそういう私書箱的な機能を果たす力はなく。ひねりだしてきたアイディアとしては、運転免許証はもっているのでそれを使って郵便局にでも口座を作って振り込んでもらったらどうかというくらい。
夜の救急外来で警察官と本人と三人であーだこーだ言いながら「この人が運転免許証も持っていなかったらさらに人定に苦慮するんだなぁ」とか思ってました。

十九日

受け持ち患者さんにあまり大きな変化がないので比較的余裕がある。治療の間には「待ち」も必要だからやむを得ないけれど、「在院日数短縮」って詰められると困ってしまう部分があるのも確か。
整形外科の先生曰く「骨がくっつくには最低でも一月はかかるんだから」でも厚生労働省などが迫ってくるのは「在院日数十四日以内」これはもちろん平均値だから、それより長い入院は追い出されるとかいうことではない。けれども、短いに越したことはないという見方がまん延すれば、肩身が狭くなってくるのもまた事実なのだ。

二十日

同僚の先生から訃報を聞く。その先生が患者として診ていた人だから訃報というのはおかしいような気がするけれど、わたしが治療していたわけじゃないから、感覚としては訃報を聞く、という感じ。
以前受け持ちした超重症患者さんの奥さん。腎不全が進行してそろそろ維持透析かな、と話されて、「それはウチの主人が受けてたようなものですか」とおびえていたらしい。いや、ICUでCHDFするようなのは維持透析じゃないですから。
「透析導入で入院したら先生に持ってもらおうと思ってたんだけど」と言われて、そんな再会があってもいいなと思ったのだけれど。その機会は失われてしまったということで、合掌。

風邪引いて調子があまり良くない。とっとと帰って寝たい時なのだけれど、こういうとき急変だの何だので仕事の予定が狂わないのは非常に嬉しい。
こっちの儚い希望なんぞあっさり打ち砕きながら、現実は動いていくわけで。

二十一日

夜、出張の行き帰りで「まひるの月をおいかけて」(恩田陸)読了。
この作者らしい謎をたっぷり詰め込んだ旅物語。登場人物達の会話は雑談のようでいて腹の探り合いのようでいて。緊張感を持ちつづけながらラストまでなだれ込む。意外な、でも言われてみれば納得のラスト。

二十二日

外来は雨模様のせいもあって少なめ。後で聞いたら他の先生のところにはばっちり活動性の結核患者が受診したらしい‥‥。過去の病気というわけじゃないですから、絶対。

午後のカンファレンスで、研修医のプレゼンテーションを聞いている。患者さんの職歴について「建具屋をしてた」との話だったのだが、話をしているとどうも研修医の返事が要領を得ない。
「お前、建具屋って知ってるか?」「いえ、知りません」‥‥それじゃ職歴が把握できたとはいえないわけで。

二十三日

急変対応でちょっとばたばた。
午後は救急外来当番だったのでいろいろ診てたけれど、若い女性の気胸が来院していて、こいつぁ胸腔ドレーン入れないといけない‥‥でも痛いんだよね。
若い男性に多いといわれている病気で、男相手なら少々手荒に扱ってもいいかなとか(ぉぃ 思ってしまうのだが女性だとね。必要以上に気を使った気がする。
救急終わってから中心静脈カテーテル穿刺まで行って。処置の多い土曜日でありました。

二十四日

太平の朝寝を覚ますウチのお子様‥‥。しょーがないのでちょっとゆっくり寝た程度で起き出す。買い物とか自転車修理とか済ませて、わりとゆっくりした休日。
夜、借りてきた「攻殻機動隊 Solid State Society」を見る。高齢化は攻殻世界でも進む現象ですか。貴腐老人というネーミングに唸った。

二十五日

夜、ふと思いついてFinkのupdateをかけてしまう。
結構やってなかったせいかなぁ、エラーでまくり(主にはダウンロード先がないというもの)で動作を指定してやるのに疲れ切る。初めはFinkCommanderからやってたんだが、どうも動作としてはやはりktermからコマンド版のfinkを動かす方が早そうで。こうして日記を書いているバックグラウンドではFinkがダウンロードやコンパイルを続けている。

二十六日

「攻殻機動隊」のDVDをもっかい見ようとiBookのドライブに放り込んだら、認識しないどころか取り出しもできなくなる罠にはまる。
マズいのはiBook G4のCD/DVDドライブは手動で取り出せるようにできていないということで。あれこれの強制排出手段を試みてみたのだが一向うまく行かない。こんなんでメーカー修理に出したくはないのだが。

「WIDL CAT」(清水玲子)読了。同じ作者の「秘密−TOP SECRET−」は相方との間で「あの怖い本」で通じてしまっているのだが、こちらは比較的ほのぼの。とはいえシャープな線で描かれるだけに、時折どきっとするようなコマもあり。さすが、といおうか。

二十七日

「オイレンシュピーゲル」(冲方丁)を読む。こちらも面白く。

二十八日

「パキシルの副作用で自殺」ってニュースが新聞に載っている。パキシルを含むSSRIはうつ病の薬なんだが、うつ病自体が自殺念慮をもたらす病気ってことで、ある意味タミフルとインフルエンザの関係にも似たものを感じる。
タミフルの時と違うのは、うつ病は薬飲まずにじっとしていても治らない人がたくさんいるってことで。副作用が怖くて薬を飲まなくなる人が出てきたら厄介だな。

二十九日

DVDが出てこない件は相方にiBook G4をクイックガレージに持ち込んでもらって解決。DVDドライブのコネクタが抜けかかっていたので差し込み直したら正常に動き出した由。「振動を与えたりしなかったですか?」と聞かれたということで、どうも持ち歩きで振動を与えつづけていたのがよくなかったらしい。ま、内部チェックの経費だけで治してもらえてよかった。

三十日

土曜出勤。その後当直。
午後七時半から日付変更までの間に救急車四台受け入れして入院が四人。結構、疲れました。


Written by Genesis
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