歳時記(diary):三月の項

一日

少し仕事を抜けて保護者会に参加。

「10日間の休み みんなが困らないように国が考える」なんて記事を読みながら、病院も休みで収入減っちゃうんだからとくべつな給付が欲しいな、とか。

二日

日中勤務終わってから、車を走らせて群馬方面へ。急に決めたスキー旅行。呼ばれて遅くなると面倒だな...と思っていたが日頃の行いが良いのか順調に仕事が進んでホッと安心。
尾瀬戸倉旅館に投宿して温泉に浸かる。

三日

朝からスキー。
尾瀬岩鞍までいく。直近であまり降っていなかったのか一部アイスバーンで硬かったけれど、広いスキー場なのでダウンヒルを楽しむ。マスターズの大回転の大会なんかやっていたようだけれど、全体としてはすいていて滑りやすかった。 帰りに花咲温泉に寄って帰ってくる。

四日

息子の期末テスト問題見ながら橋の構造についてひとくさり。‥‥で、なんでトラス橋にそんなに食いついてくるかね。確かに鉄道橋では良く見かける構造だけどさあ。だったらちゃんと正解しろよとか(滅)

五日

よくできる研修医いると楽だなぁとか。単に教師側にとって都合のいい存在だ、というだけなんだけどね。

六日

昼休み少し抜けて昼飯を外で。こういうこと自体少ないのだけれど...。

七日

毎日新聞に「透析中止を提示して患者死亡」のニュースが載る。個人的にはこれは、患者の自己決定自体が揺れ動くものである中で医療者はそれをどう取り扱うのが適切か、という問題を投げかけられているものだと思う。
はじめに透析中止に患者は同意している。その後時間経過や体調不良の中で透析再開の意向があったように思える。再開しても体調が改善しないpoint of no returnをすぎていたようには思えず、困難はあったにしても即座に透析再開を行うことで、救命できたのではないか、と思える。もっとも、透析医療を受け続けなければ命が繋がらない、けして楽とは言えない生活に戻ることを踏まえると、「死んでも透析はやりたくない」という希望を叶えることは完全に間違ったこととは言えないだろうから、患者の自己決定をどう支援し、引き返すことも含めてどう向き合ったかが重要、という案件ではないかと思う。

八日

学会参加で朝から飛行機搭乗。道中で「天冥の標 機械仕掛けの子息たち」を読み直す。うん、ほとんど最初から最後までセックスシーン、って感じ。結構即物的な表現もありながら、肉欲的ではない感じがして、霊的なレベルが高い、という印象を受けた。人が交わること、つながること。「欠如を抱き、それを他者から満たしてもらう」関係の豊穣さ。最後の方で明かされる、「不有順に混璽を求めてはいけない」の真理はとても深い、と思った。

九日

腎臓リハビリテーション学会に参加。

とある講師の教育講演ではMMDとかVOICEROIDとか使われてて時代は進んでいるなあと慨嘆。
骨粗鬆症とCKD-MBD, 異同が自分で整理できていなかったのだけれど、骨粗鬆症は臨床概念、CKD-MBDは病態の名前。骨質により骨折しやすさは加齢とともに増加してくるとのことで、骨粗鬆症とか骨折リスクとか、年齢の要素が無視できないのだろう。
サルコペニア・フレイルに由来する嚥下障害という概念を知る。経験的にはそういう患者さんがいるのではと思ってはいたのだけれど。

十日

腎臓リハビリ学会二日目。指導士の試験まで受けて帰ってくる。
帰り空港行きのバスに乗ろうとしたらいっぱいで乗れず。次も遅れるというのでやきもきしていたら、お知り合いになったばかりの方がタクシーで行くというので同道させてもらって余裕を持って搭乗。

十一日

夜は在宅患者さんの電話受け。気候が落ち着いてきたせいかこともなし。

十二日

娘の最近のお気に入り漫画が犬夜叉。テレビのツルネも気に入って見てたしなぁ。少女漫画より少年漫画らしい。

十三日

診療所の透析回診。
先日の透析中止患者のニュースは患者の間にも大きな波紋を投げているようで。維持透析患者にとって透析中止は死につながる。やめて、死ぬ、ということだ。医師としては初手でそれをお勧めすることは間違っている、と思っている。では、そういう選択肢があり得る、と説明することはどうなのか。個人的には透析やりたくないと言いながら、尿毒症期の強い苦痛の中ではやっぱりやってくれと意見が変わった人を何人も見ているから、透析が嫌だという人については、「死んでも嫌か」と尋ねることにしている。死んでも嫌、と言われたなら、なんとか気が変わってくれないかなと言いながら関係を継続する。同時に、本当に透析やらないで死ぬつもりなら、身辺の人たちにしっかり別れを言いなさいと話す。
死出の旅をしようとする人に対しても、同行は必要ではないだろうか。最後の最後まで付き合いながら、やっぱり戻ろうかなと思ったときに手を差し伸べる人が。そんなことを思う。

十四日

外来の後打ち合わせと勉強会をはしご。ひいい。

十五日

「頼むな」ときちんと言葉で伝えることの重要性を感じて見たり。
夜は臨床病理検討会に出て、その後飲み会まで参加。

十六日

透析中止患者の件、あちこちからいろんな発言が聞こえてくる。 「30年医者をやっているが、透析用長期留置カテーテル使っている患者なんて見たことがない」なんてコメントを見てげんなりする。そりゃあね、この十年くらいでじわじわ増えてきたからねぇ。透析も進歩し、心臓血管治療も進歩した結果、以前より末梢血管の状態が悪い方でも透析が維持できるようになったってことで。

十七日

朝から休み。朝寝昼寝して艦これと録画テレビ。おお、休日のようだ。
夜は親戚上京とのことで夕食会。

十八日

腎生検勉強会がなかなか盛り上がり。良きことかな、ということで。

十九日

日中腹膜透析の勉強会とか腎生検とか。夜は当直。
混雑しすぎると何が何だか分からなくなってきててちょっと危険、な感じだった。

二十日

夕刻研修医指導の打ち合わせ。キチンとまとめられていない資料が複数。なんで昨年度の案がこの時期に出てくるのかと突っ込む。大丈夫かよこれ..。

二十一日

子供のお守りで一日在宅。
ごく簡単なブラクラをWebに貼り付けてたってんで警察が捜査に動いているって....なんだか全然世のため人のためじゃない感じで。

二十二日

夜は院内勉強会で抗がん剤のお話を。がん免疫療法がだんだん進んできているということで普段聞かない最先端の治療の話を少しだけ。

二十三日

午前仕事して、午後は本買って帰ってきた。「天冥の標」が全巻揃えたのであとは読むだけだな。

二十四日

相方が昼間研修会ということで、夜子供達連れて甥姪たちとの夕食会に。合同進級・進学祝いということで。久しぶりに姪と喋ったら、すっかり中学生らしくなっていた。

二十五日

初期研修医の研修修了式ということで発表を聞いて、そのあとはご苦労さん会。‥‥緊急透析対応でほとんど行けなかったけれど。

二十六日

夜他の病院の先生と研究会の打ち合わせ。

二十七日

診療所の透析回診へ。道中の読書は「君死にたもう流星群3」毎回話が大きく動くので次はどうなるかと楽しみで。

二十八日

外来終わったところで製薬メーカーのMRさんがお話ししたいとおいでになる。‥‥まとめて返り討ちにしてやろうかとか。担当変わりましたんでご挨拶、とか言われても前任者は誰でしたか状態だったりして。単に売りたいためにくるようなMRは嫌いだ。

二十九日

夜は当科担当のケースカンファレンス。研修医の先生が無難に発表をまとめてくれていた。

三十日

相方がチケットを取っていたので、二人でYURAKUCHO Live Square 2019へ。馬場俊英/藤巻亮太/宮沢和史/和田唱といったメンバー。アコースティックサウンドで聞いていて落ち着ける。「弱い虫」なかなかよかった。

三十一日

休日日直出勤。最初で「主訴:元気にしてほしい」って主婦の方。聞けば聞くほど大変そうな生活で、それで元気にできるわけないですよ....。こちとらヤクの売人や催眠術の使い手じゃないんで。


Written by Genesis
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