歳時記(diary):四月の項

一日

新年度。
新人が多数入職し、ちょっと医局の雰囲気も違う感じで。

オールドレンズ擬人化少女。その発想はなかった....。

二日

午前中透析診療所で透析当番。あいまで「ぶたぶたカフェ」を読了する。

三日

ネットをうろうろしてたら、ニコニコ大百科で「男の娘」の項目の中に北畠顕家の名前を見つける。……なぜそうなる。

四日

午後外来には学生さんが同伴。あんまりきちんと教えてあげられず。..

五日

病棟に産科から入院。他院で分娩、退院した後で産後出血が強いとかって緊急入院。赤ちゃんへの授乳も大変とかって看護師がてんやわんやしていた。
何でそうなるのかねぇとため息をついてみたり。

六日

朝から風が強く、夜にはしっかり爆弾低気圧が来襲していた。
こんな夜の当直は当然のように患者が少ないのだけれど。

外科には他院から腸閉塞の紹介が受診していた。「おなかが痛くて張っているので診てください」と、採血もレントゲンもなしで他の"病院"から紹介されてきたらしい。夜の急患を診る病院なら、レントゲンと採血くらいやってから他の病院に相談してきても罰は当たらんと思うのだがと思いつつ、そんな紹介を二つ返事で受けていた後輩の外科医を褒めた。

七日

当直明けて家に帰って、朝昼兼用の食事をしたら寝倒れて。やっぱりトシかなぁ。

八日

「CPCお願いできませんか?」と担当の医師から言われる。……病歴がやたらと長い人なんだよね.....。しゃあないか。

九日

帰りに本屋で本棚をスクリーニングしていたら「紺野キタ」の文字が目に入ったのでとりあえず確保してレジへ歩き出した。
裏表紙をみたら「百合作品集」と書いてあったので0.2秒くらいどうしようか考えたけれど結局買った。

十日

夜は透析当番。結構遅くなっても食器洗いしてから寝る。

十一日

夜は当直。
立て込んでいるところで救急車要請あり。「15分くらい待ってもらえれば」と返事したら「じゃあ他当たってみます」と。……そんなに急いでいたんかなぁ。

十二日

夜早めに戻って子供らのお守り。
子どもが寝ついた後で「ドクターG」観賞。診たことがない病気だ.....。

十三日

朝からおもむろにペンキ塗。二階のベランダの木部と玄関扉と。それですっかり昼過ぎまでかかってしまった。

十四日

内科学会総会に参加。主にははんこ押し(違)が目的。それでも行ってみれば講演とか聴くのはそれなりに勉強になる。
「死因究明の更なる向上を目指して」のパネルディスカッションで、独協医科大学の先生が地元栃木県のデータと比較しながら司法解剖率を語っていたのだけれど、監察医制度まである愛知県で絶対値・率とも低いのが気になった。愛知といえばその昔、時津風部屋の暴行死事件でいったんは事件性なしと判断したところで。
愛知で死んだ場合は死因究明はいい加減になりそうと思ってしまった。

十五日

薬屋さんがアポイントなしで宣伝に来た。
「わたし『肝排泄なんで安心して使えます』って言われても『却ってCYPの多形とかの要因で人それぞれに代謝が違って使いにくい』と思っちゃう人間なんで」といったらたじろいでいた。
「そのうち個々人のCYPの多形とかをみながら薬の投与量を決める時代になりますよ」と言ったら、その発想はなかった的反応だったのだがこれってSF設定だろうか。

十六日

facebook界隈で研修医が他人をけなすようなことを書き込んでいてなんだかなぁと思う。他人をけなしてみせても自分の価値が上がるわけではないのに。

十七日

少し入院数が落ち着いてきている今日この頃。

十八日

午後外来。誘導されてきた患者が二時過ぎの予約で五人.....そんなに同時に診られるわけないじゃないか。最後の二時予約患者の診察終了したのが三時過ぎだった。

十九日

「もう透析したほうがいいよ」状態の患者さんの説得に骨を折る。わたしの基本的なスタンスは「やらないで死ぬ人生もあると思うけど、それは厭と思うならば透析始めるしかないね」というもので。死にたくはないが透析はしたくないってのは通らないから、最後のところではどっちに腹をくくるか決めといてくれって思っていたりする。

二十日

当直明け。朝方から軽〜中等症くらいが続々来院して忙殺され。
土曜日出勤ではない日だったので帰ってお買い物へ。

二十一日

2011年の世界の地震 分布図をみる。日本周辺での地震の分布が半端なく。なんというか、集中砲火?

子どもたちのリクエストにそってプラネタリウムで「宇宙兄弟」を観賞。アニメの本編の外伝的ショートストーリー。個人的には、せっかくプラネタリウム番組なのでもっと星の話を混ぜて欲しかったかなぁと思ったり。でもISSが盛り込まれるのはある意味宇宙兄弟らしくてよかったと思う。

二十二日

忙しく午前外来、ばたばたと病棟を診て。

二十三日

安倍さんが「育児休暇三年取れるように」ってぶち上げたらしいんですが.....三年仕事休んでおいてそのあと職場復帰するのってえらく大変だと思うのだが。わたしらのようなキャリアがとても重要な職種では特に。三年も完全に現場から離れたら、実戦感覚(違)を取り戻すのが大変だって。
それよりは時短勤務言い出しやすい環境と0歳児1歳児でもきちんと預かってくれる認可保育園の増設を強力に進めて欲しいところなのだけれど。

二十四日

当院の皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCN)と会った時に「そういえば今日病棟に糖尿病の足壊疽患者さん入院したんですけど....知ってます?」「いや、知らんけど。代謝科で受け持ってるんじゃないの?」「ああ、先生は壊疽の患者は把握してるのかと思って」
壊疽患者を受け持つことが少ないとは言わんけど.....なんか激しい誤解が一部に生じている気がする。

二十五日

外来の後、当直。気候が落ち着いているのか来院数も落ち着いていた。

二十六日

一人で透析室をばたばたする日。それなりに落ち着いていたからよかったようなもので。

二十七日

鮠乃薬品さんの薬擬人化を発見。めちゃくちゃ薬の歴史と作用についての説明が詳しいんですが....。

二十八日

キャンプにお出かけを予定しているということで買い出しなど。この手のものは買い始めるときりがないのでないと困りそうなものから買いたいのだが、相方は形から入るタイプで意識のギャップが。

二十九日

透析当番出勤。
夕方手が空いたところでCPCのために病歴経過のまとめを。

三十日

診療所に半日、その後病院へ戻って仕事して。


Written by Genesis
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