歳時記(diary):八月の項

一日

週末二日間休んで病棟の患者さんの様子を見に行ったら「どこ行ってたのよぉ、わたしは調子悪くてご飯抜きにされてたのに」と泣き言を言われる。いや、そう言われましても(苦笑)
ある程度しょうがないところもあるけれども。

二日

論文投稿とCPCの準備と。何となく追いかけられる感じがして落ち着かなく仕事をしている。

三日

某学会へ某論文を投稿。そしたら電話がかかってくる。
「図表の説明はすべて英語にしていただく規定なのですが....」なんだと?! 修正けっこう面倒かなと思ったら、それほどでもなさそうなのが救いか。

四日

午後の外来の間学生さんがついている。軽く説明をしながら、初診の人とかいつもの人とか診ていく。少しは参考になっただろうか。

五日

午前中は透析当番だったのだが....。緊急入院とか緊急内シャントPTAとかあって予定外大杉。

夜は論文の図表直しの仕上げ。PDFで送ってくれればいいということで、いい時代になったものだと思ったり。

五日

土曜出勤。予定外に入院が二人くらい。家からははよ帰れと釘を刺されているし。

七日

前衆院憲法調査会長が憲法の緊急事態条項試案 首相に権限集中、私権も制限 なんてニュースを読みながら「今回の震災で、政府の対応が後手に回ったのは果たして法律のせいだろうか?」と思う。政府が「これをやりたいのだが法律の縛りで進められない」といい、被災地の側から「国会は早く審議を」と言っているような案件がどれだけあっただろうか。
こういう緊急事態法が役に立つには、必要なことをきちんと見極め、不要なことは後に回して着実に実行するトップがいる時だけだと思う。反対されない状況でならと反対が多い案件を決めてしまうように使われるならば、危険なだけだと思う。極端なことを言えば、自作自演の大事故などで緊急事態を発動されるようなことも、考えなければならない。
緊急事態法がなくてもしっかり仕事をしてくれる政府であれば、緊急事態法を用意しておきたいような気がする。矛盾する言い方だけれども。

八日

午前人手が足りない日で、透析室をちょっと手伝ってから外来へ。特急で終わらせてもどって。午後は割とのんびりしてたけど。

九日

他院精神科で「脳血管性認知症」って言われてた人がどうも挙動がおかしいので脳血流SPECT撮ってみると「レビー小体型認知症の画像所見に似ている」とのコメントが。わーい自分の読みが当たった、と喜んでみたり。
しかし、SPECT検査って説明読むと47MBqの放射性ヨード(123I)を注射とかなんとか。内部被曝かよ....。

十日

夜はCPC準備....の予定が、多忙につき急きょ夜の透析当番やることになる。

甲状腺疾患、とくにバセドウ病に対して、131Iによって作られたヨウ化ナトリウムを内服して甲状腺のRI治療ってやるんだけれど、これってまんま内部被曝だよな、と思っている。しかも組織へのダメージを増すべくβ崩壊する核種をあえて使っているという治療で。長期フォローアップでどんな病気が出てくるか追った研究ってないものかと思う。安全と書いたパンフレットは見つけたのだけれど。

十一日

午前中は透析当番。隙間を縫って検診完了。

実習来てた医学生さんと話してたら、ファゴット吹きだそうで楽器話になる。ファゴットの曲って古い曲が多いかな〜って話からリード楽器はダブルリードから始まってシングルリードがあとから登場したなんて話をしたら驚いていた。
しかし、ファゴットなんかのダブルリード楽器はリード代が洒落にならない(と聞いている)ので、大変だろうな....。

十二日

当直明け。朝方来た人は昨日の夜も来院していた人で。頭痛吐き気でぐったりだったのだがなんの疾患かはっきりせず。あとで聞いたら群発頭痛だったとのこと。診断できればすっきりよくなる病気だけに悔しい感じ。

夜CPCして帰ってきて、そのまま録画してあった「ドクターG」患者の顔を見るだけで「これ甲状腺機能じゃね?」と思ってたらドンピシャだった。

十三日

休暇の土曜日はのんびり過ごす。こどもらがどたばたするのであんまりのんびりでもないが。
午後買い物に行って、夕食作ったくらいか。

十四日

夏コミケ。この夏は結局一年だけの参戦に。
権力闘争の結果で....と先輩Drに言ったら「僕らもそれを戦ってきたから」.....そですね。

混み具合もなかなかで買い物出た時は相当汗をかき。救護室で寝てた人もかなりものだった。三日目という割には女性が多かったのはどういうわけか。
熱中症症状で来室されたひとびとも、それなりの確率で水分は摂っている気がした。足りないのは塩分かなぁ。スポーツドリンクって全体には塩分量少なくて糖分けっこう多いから、それとお茶・ミネラルウォーターを混ぜて飲んでると汗も合わせて塩分不足に陥るって話を最近聞いた。

十五日

外来やってカンファやってで日が過ぎる。そろそろ総合内科専門医試験の勉強をしないといけないのだが。

十六日

普段入院透析診てる先生が夏休みの火曜日。一人で透析室回らないといけないってことで。しかも全患者へ処方書く日だったりして。普段はメモ帳片手に患者さんのところを回って、そのあとでデスクトップPCの前に座って入力を行っていく。それで終わると大体12時近くになる。この日はノートPC(ちょっと非力で普段は看護師や技師が入力に使っている)を抱えてその場で記録と処方までしてしまう形で回診して、終わったら11時半。
非力なPCと言えどもその場で書くほうが早いんですね〜。何を今更かもしれないが。

夜は当直。大腿ヘルニアの嵌頓患者とかきて、外科Drお呼び出ししたり、した。

十七日

当直明け。朝方に急変があったくらい、まあまあ落ち着いた夜だったと思うか。

一通り仕事終わってから内科学会誌を広げる。後一月くらいは勉強にいそしまないとねぇ....。

十八日

日に腎生検を二件。ばたばたしつつなんとか終了。
帰ってきてから夕食摂りながら「とある飛空士への夜想曲」上巻読了。この作品世界が好き。

十九日

普段通りな一日。臨時で腎生検やったのが普段通りでないところだろうか。
CV穿刺頼まれて後輩の面倒見てたりして。

二十日

TeXでポスター作るためにWeb逍遥していたら、 Powerpoint図をきれいにTeXからPDFに入れ込む方法に行き当たる。……よく見たらWindows限定じゃん。

録画しておいた「ドクターG」を診る診る。「胸が痛い」なのだが、担当Drが沖縄中部病院の金城先生とのことで、再現ドラマ見て「沖縄に電車ないじゃん」と突っ込むのは正しいと思うのだ、うん。

妊婦体験システムMommyTummy。メモしておく。

二十一日

昼間に買い物に行ったりしたあと夜は当直。
涼しい夜のせいか穏やかなものだった。

二十二日

当直明け。未明に急変があったくらいって、おんなじことをこないだも書いた気がするのはきっと気のせいだ、うん。

外来やって病棟診て。そして勉強はあまり進まない....

二十三日

何のために、は同感
看護師の離職については看護協会が調査結果を公表しているのだけれど、「教育研修の整備」「ワーク・ライフ・バランスの推進」「労働条件の改善」が指摘されていて、そこをきちんとやろうとしない中でそれでも看護師を確保しようと、より低水準の労働条件でも働いてくれそうな外国人看護師の受け入れを図ったというのが現実なのかな。そしてそれは教育が不十分なためにそもそも国家試験に合格できないという形で失敗している、という状況かと。
別にどこの人だって構わないとは思うけれど、一人一人を大事にしてきちんと働いてもらえる環境を作る、って姿勢がなければやっぱり人手不足は解消しないと思うわけだ。

二十四日

外来透析の回診に、入院二人対応。そして午後は臨時で診療所の訪問診療の手伝い。
担当医師が急に辞めたとかでお鉢が回ってきたのだけれど、いってみると「8軒お願いしまーす」って、数多くないか?移動してお宅へ伺って話し聴いて診察して、ってすると一件20-30分くらいのペースだと思うのだが。さらに「あと、新規の人一人お願いします」今日俺臨時で手伝いのはずなんだけど..。「普段このコースで回っている人のご主人で。夜間落ち着かなくて興奮したりしてるみたいです。奥さんの方も食事あまり取らなくなっていて、家族もケアマネも往診の時にいてくれることになってます。」だからそんな問題症例を臨時できてる医者に対応させるか普通。もう笑うしかないって感じで。
一応自分なりにさらりと流す感じで回ってきましたけど。でもさすがに食事量大幅に減っている糖尿病患者にメルビンはまずいだろうとか、そんな調整はしましたが。「先生話をよく聴いていただいてありがとうございます」とは看護師さんに言ってもらったけれど、普通にやったつもりなんだけどなぁ。

二十五日

腎生検一件やって、午後外来をゆっくりやって。
入院二人入ったのもそれなりに対応してそろそろ帰るかと思った8時過ぎに、ICUへ立ち寄ったのが運のつき。ちょうど急変対応が始まってて手伝ったら「尿出てないんですがCHDFとかどうですか」って話になる。透析始めて帰路についたのは日付が変わっていた。

二十六日

平日の一人当番再び。
外来透析・入院透析と満杯で病棟にもそれなりに患者がいる。ICUでCHDFは二件回っているという過酷条件。そこへ「もう一人CHDFお願いしたい人がいるんですけど....」とか言ってくる外科医あり。ウチCHDFの機械は二台しかないんですがねぇ.....。そして当直までついてきて。久しぶりに全力で休みなく一日仕事しましたねぇ....。

二十七日

当直明け。朝方来た胸痛の人は診察はさせてくれない喋る内容は意味が取りにくいということで、内科疾患の否定もできないけれど肯定はできないという感じで。どうしても調べるならば薬物打ち込んで鎮静掛けてじゃないとできないような。
電波を受け取っているというよりは不安か認知症がひどくなって妄想じみた言動になっているという印象だったのだけれど、専門の医師はどう評価するのかなぁ。

そして今日は朝から在宅往診当番。爆睡するわけにいかないってのがねぇ。

二十八日

夜更けに電話あり。往診希望。行ってみたら夜中にピンポン押すのがためらわれるような豪邸。どうせなら門のところに不寝番がいてくれれば手っ取り早いのに(をひ
症状軽かったから薬出して帰ってきたけど。でも疲れたまっているところでちょっときつかった。

明けたあとは子どもを親に預かってもらってちょっと羽を伸ばす。武蔵五日市はきれやまで。古めかしい感じの商店の脇にある扉を明けて入っていくときれやカフェ。コーヒーのんで手ぬぐいをみて。いくつか見繕って買ってきた。

二十九日

午前中外来、午後はカンファレンスやったあと面談を三連荘で。
そして勉強は進まない....。

三十日

夜は当直。それほど混まなくて何より。「薬飲み始めたら皮疹が出た」って子どもが一番気を使ったかな。
子どもはおとなと処方量が違うので、薬の本を開いたら「小児量で処方」とだけ書いてあるのはどうよと。それが知りたくて本を開いたのに。

三十一日

当直明け。
夜は腎生検カンファレンス。終わってお食事など。


Written by Genesis
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