歳時記(diary):八月の項

一日

ルーチンに外来やって午後はカンファレンス。
週末退院の人の各種書類を書くのに時間を費やしたり、した。

二日

午後過ぎまで外来透析診療所の回診に。そろそろおわりかな〜というところで、気分悪くて帰れない患者さんがいると言われる。血圧が低いのが主因のようで、少々点滴しましょうかということにしたのだが、患者さんがいる間は医者も帰れない。点滴終わるのにつき合って、出るのを見届けて帰った。

三日

「虚空の旅人」(上橋菜穂子/新潮文庫)読了。これまでがバルサを中心にしたお話だったのに対し、チャグムが話の中心に。冒険というよりは政治的な、やや生臭い話も多々。
確かに、これまでのお話とは違った雰囲気だけれど、やっぱり楽しく読めた。

四日

当直。雨が降り出した所為か比較的落ち着いた夜。
だるいと訴えて来院した若い方、どうも過緊張というか、精神的に疲れているようで。夜の救急であんまりいい対応はできないんだが、と思いながら当座睡眠剤くらいで経過を見てもらおうかと話したら、付き添ってきた母親が「点滴をして欲しいんですが」と。点滴はいらない、いややって欲しいとやり取りがあって、母親の方が「もういいです!」と言って患者の手を取って出ていってしまう。‥‥肝心の本人の意思はこの際どこに行ってしまうんだろうかと。
時々、点滴信仰とでも言うべき人はいて、点滴をしてもらわないと病院来た甲斐がないみたいな思いになるひとはいるらしい。「成分はポカリスエットの薄い奴ですよ」というとびっくりしたりそんなはずはないと言い出したり。
患者さん本人のみならず、親の方もちょっと心配になったり、した。

五日

東京ビックサイトでエスカレーター事故の報を聞いて、報道を斜め読み。コミケットに出入りしている人間としては他人事ではなく。
その時の動画やら、事故ったエスカレーターに乗っていたという岡田斗司夫氏のblog見ても、参加者の動きや誘導に大きな問題は感じられず。エスカレーターそのものが劣化していたか設計が悪かったかメンテナンスが不良だったか。幸い重症者・死者はいなかったようなのでそれはよかったと思う。
しかし、コミケのとき事故ったエレベーターは動かないだろうから、動線はどうなるんだろうと思ったり。

六日

昨日の続き。事故原因は乗り過ぎ、って方向になっているらしい。一段に三人って、よく乗れたなぁと思ったり。イベント参加者ってけっこう手荷物多いから‥‥。
しかし、一人60kgとして、すべての段に二人ずつ乗った状態にぎりぎり耐えられる設計だったという、そもそもの設計がやわじゃないか?わたしはけして太めではないがそれでも体重60kg程度、荷物を抱えれば多分65kg程度にはなるだろう。エスカレーターのすべての段にきれいに人が乗る状態というのは普通あまり多くないが、少なくとも設計の段階ではそこまで考慮しないといけない。普通の体格の人間が普通に荷物を抱え、混んでいるので詰めて乗りものに乗る、その状態で設計限界ぎりぎりというのは、少しでも無理をすれば事故が起きる危うい状態で動かしているということになると思う。
それに、事故当時は開場直後で、エスカレーターにも人が乗り始めたところ、先頭はまだ上に辿り着いていなかったんだよね。いくら一段三人が事実だとしても、エレベーター自体が本当に設計通りの強度を出していたのかも疑問がある。

七日

一人夏休みをとっている先生がいるのでその分仕事が多かったり。苦情をいうわけにもいかないが、愚痴ぐらい出てくる。
休暇を取っても業務に影響が出ないような医師の体制を構築できるといいのだけれど、ねぇ。

八日

外来やって、午後で入院を二人取って。受け持ち患者を診て各種処置をやってとどたばたどたばた。

初診のとある患者さんに時間を取られる。終わって溜息つきながら思う。「人は信じたくないことはなかなか認められないものだ」 もちろんその程度は人によるのだけれど、事実を事実と認めないため(もしくは、自分を正当化するため)にはどんなトンデモ理論だってひねり出すようなタイプの人も、現実にはいるもので。

九日

出勤の土曜日。比較的早く終わった方か。
帰り途中で「図書館戦争」の小説を買ってくる。読み始めてみるとなかなか面白い。

十日

朝から子どもの保育園の保護者交流会。和室でごろごろしながらのんびりまったりおしゃべり。
特に何かの目的を定めない時間の過ごし方は、久しぶりであったような気がした。

「図書館戦争」(有川浩/メディアワークス)読了。「表現の自由」「言論の自由」を守りながら、人に悪しき影響を与える情報をコントロールするのは、大きな矛盾を抱える。図書館というところがただひたすらに──善悪・真偽の判断を措いて──表現の自由に奉仕するのは、難しいことだろうと思う。

十一日

当直。
大騒ぎをやらかしてくれたのは薬物中毒の患者。睡眠剤大量内服で受診して、大分醒めてきたところで、「寝れないから薬をくれ」と大騒ぎ。少量処方すると「こんな量じゃ効かない、もっといい薬を出せ」「リタリンがいい」と言いたい放題。
内科医は精神科的対応が分からないし、精神科医は内科が分からないから夜間急患(特に薬物中毒)はあまり診てくれない。両方当直している病院なんて限られているけれど、精神的問題を抱えて救急外来にくる患者なんてありふれすぎるほどいる。
精神科薬の大量内服を専門に引き受けてくれる救急病院とかないかなぁ。確実に収支が合わないだろうけれど。

十二日

やっと寝ついたところで痰詰まりを起こした患者がいるということで叩き起こされ。数時間しか眠らずに朝。

午前中で病棟みて午後外来やって、夜は病棟の飲み会。結局一時半まで飲んでいた。──え、当直明け?なんの話でしょう?:-)

十三日

サテライトの透析クリニックの回診。
「フリーランチの時代」(小川一水/ハヤカワ文庫)を読む。「Live me Me」と「千歳の坂も」が興味深かったのはやはりわたしの興味関心に添うからか。
好きなだけ生きられるようになったとして、「もういいや」と──さながら平知盛のように──ヒトは思うようなのだろうか、と考えたりする。

十四日

夕方から療養型病院の当直へ。
基本的にいるだけ。おお、医者人生始まって以来初めて「当直」ができた。しばしば誤解されているのだが、労働基準法に定める「当直」の業務内容は、俗に言う「寝当直」の範囲のはずなのだ。ところがそれじゃあ夜間の病状悪化や時間外受診患者への応召義務が果たせない。かといって夜間にもきちんと法定労働時間を遵守した形で医師の配置を行うほど医者はたくさん雇えない。かくして労基法を厳格に適用すると夜間の医療体制が崩壊するという現実が一向に改まる気配を見せないわけで。

当直しながら「復活の地」と「ばいばい、アース」を読んでいた。

十五日

さすがに今週ちょっとハードなので仕事を早めに切り上げる。
週に三度の当直は久しぶりだわ。

十六日

普通に寝れない当直を。
救急隊から受け入れ要請。「今日透析する予定日だったんですが行かないで、調子が悪くなったんで救急車要請されました」‥‥何だと!?
「そんな奴が診れるか」と叫びたくなるような患者、ってのは時々ある。アルコール依存で飲んだら調子悪くなると言われているのに飲んで体調悪くなったとか、薬を自己中断していて調子が悪くなったとか。それでも診療するのは職業倫理に悖るから以外の何者でもない。気分はセイオ・ランカベリー((C)復活の地)って感じで。
「医者にかかるからには最低限これだけのことは果たすこと」みたいな決まりができたら医者はすっきりするかもしれないが、そういう法律はきっと憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を送る権利を有する」という規定とぶつかるだろうな。この条文は国民になんらの義務を課していないからねぇ。

十七日

日中子どもの世話。たまには母親業を休ませてあげないといけないし。
‥‥とはいえ言うこときかない子供らの世話はそれなりに疲れる。

十八日

一昨日当直で診た患者さんについて、かかりつけ医からお礼の電話が透析室にあったと聞いた。ま、管理してる患者の行状不良だからねぇ、今後のことも考えると電話一本くらいくるだろうなぁ、と思ったり。
医者や診療所が悪いわけじゃないとは思うのだが、人間関係って理屈だけじゃないしね。

十九日

病歴要約書きに精を出す日々。近々カルテシステムのマイナーチェンジもあるし、外来で診ている患者の引き継ぎもあるし。
必要充分にサマライズする能力、って特に訓練されたことはないので、逆にこれでいいのかとちょっと心配になったりは、する。

二十日

福島県立大野病院事件の判決。産婦人科医は無罪との評価。
判決自体は妥当と思うし、周産期医療の崩壊をくい止める会が発表している公判での証言を読んでも、業務上過失致死として刑事罰を科せられるほどの重大な過誤があったケースには思えなかった。
ただ、それが遺族にも理解されたかというとどうやらそうではないようだ。「遺族置き去り」という報道もあったけれど、少なくとも裁判所の判断は「このような状態になった患者さんは、過失がなかったとしても今の医学では必ず救えるわけではないのだ」ということだろう。でも、その判断に至った経過を遺族に詳しく正確に説明するには、裁判所も検察も力量不足ではないだろうか。死因を明らかにし、何が経過の中で問題で、何を正せば転帰が改善したのかを量るには、それ相応の専門家が必要だと思うのだが、現実には死因に疑義がある場合医療の素人である警察や裁判所に持ち込まれている。これは不幸なことだろうと思う。
判決がおりた後で「大野病院でなければ、亡くさずにすんだ命」という感想が出る辺りに、医療事案を刑事で判断することへの限界があるのではないかと思ったりする。

二十一日

夜は療養型病院の当直バイト。本でも読もうと持っていったのだが‥‥割りとあっさり早寝してしまった‥‥。

二十二日

小熊さんの日記からさとろみさんの日記経由で本澤二郎の社会評論「医師の刑事訴追」を読む。
なかなか勢いのある名文かと思いました。科学的な視点って奴はないと思いますが。「人は間違いを犯すものであり、医療に携わる人間だからといって不注意や間違いを犯さないようにはならない」ということ、「最善を尽くしても死に至る病、さけられない後遺症というものがあり、結果が悪かったからどこかで処置に誤りがあったとは言えない」ということが、いっさい考慮されていない意見ですね。この人がどこで目を覚ますかなと思うんですが、自分が注意義務違反で逮捕起訴されでもしない限り気づかないんじゃないかという気がして。

二十三日

研修医が中心静脈カテーテル挿入するのに付きっきりで指導。
基本は身に付いてるんだけど、まだ手技に確実性が乏しくて、安定感がない段階。実践を重ねるのが一番いいんだが、それを安全確実にこなすのは配慮が必要。
苦労しながらきちんと成功させて、手技の問題点などについて意見交換して。

医療ネタWebを逍遥。医療問題を注視しる!とか。

二十四日

雨。子どもと遊んで昼寝して。
本でも読みたいところなのだが子どもが大騒ぎしているとそれもかなわず。

二十五日

休み前の出勤。患者さんも少なくなっているので仕事量は少ないのだが、代わりに机の片付けに時間を取られてみたり。

二十六日

来月より転勤となるので異動先の家の下見。
や、古いとは聞いてたんですが想像以上で。まぁ贅沢は言わないことにしましたが。

行き帰りで「じーちゃん・ぢぇっと!ラビバニ」読了。

二十七日

一応夏休みだったりするので、相方と二人して「崖の上のポニョ」を観てくる。
楽しかったです。今も頭の中で「ぽーにょぽーにょぽにょ‥‥」って鳴ってます。今日のうちにiTunesMusicStoreで主題歌買っちゃいました。
作品の舞台になっている年代は現在より10年古いくらいの感じでしょうか。おもちゃの船の推進原理に思わずにやりとして。多数派はおそらくゼンマイだと思うんですが、ゼンマイだと今ひとつ話にならない感じがするし。
ところで何でフジサキはフジサキなんでしょうか。もっと"らしい"名前はいくらでもつけられたような気がするんですが。それこそハウルだとかなんだとか、赤毛の男に似合いそうな名前が。

二十八日

買い物に出て、メシ喰って。いじょ。

片付けをしてあちこちひっくり返していたら、HP200LXの日本語化キットのFDを発見。内蔵電池が飛んでメモリに書き込んでいた内容がなくなってるんだよな....。うまくするとLX復活できるかも、と思っていたり。

二十九日

そうか、LHAの作者って医者だったのか。

夜、「診療関連死 法律家からみた現状と厚生労働省案の問題点」と題された学習会に。講師は井上清成氏。
なかなか面白い方で、独自の言い回しがぽんぽん出てくる。「現在の医療過誤訴訟は検察官・裁判官・弁護士とも医療について素人で、ついでに患者も素人。素人の素人による素人のための訴訟になっている」とか「何でも刑事事件にして警察に真相解明をゆだねるのは後進国の司法」とか。
医療過誤・医療訴訟の問題を突き詰めていくと「患者がどこまでも安心・納得を求めて、医者はひたすらそれに応えるしかないのか、やってられん、応召義務なんてくそくらえ」になる可能性があるという指摘は、ある意味現在起きていることなので、この非対称性をどのように解決するかの「政策」が問われてくるなと思ったり、した。
井上先生が持っているこの問題への対応方針は、加害と被害を分離して、加害が何故発生したのか・予見可能であったか否かや過失の程度を量ることと被害への補償を別々に行う制度が望ましいのではないか、というものだった。現在の裁判や調停での補償は、何らかの落ち度によって被害が発生したという考え方を前提に、誰にどれほどの落ち度があったかを量り、その落ち度の程度や起こった被害の程度から補償の額や負担割合を決めるわけで、逆に落ち度が認められない場合には補償が発生しないことになる。だから不利益を被った側は必死になって相手の落ち度を指摘するし、指摘された側は落ち度を否定する。補償と真相解明・原因究明をリンクさせれば、どうしても真相解明が後ろに回りやすくなると考えておられるようだった。
質問の時に海難審判制度の形が取り入れられないかと聞いてみたのだが、参考にはなるがそのまま取り入れることはできないとのお考えのようだった。目的には「海難の原因を明らかにし、以てその発生の防止に寄与する」と書かれている海難審判制度だが、実際には行政処分を決めることをゴールとしているだけに、原因解明に徹することはできていないようだ。

三十日

「図書館内乱」(有川浩/メディアワークス)読了。笠原両親・小牧幼なじみ・手塚兄とメインキャストの周辺人物を登場させながら展開するストーリー。中休みと今後への布石、という感じだろうか。
さて、「図書館危機」と「図書館革命」買いにいかないと。

三十一日

引越を控えて荷造りとか荷造りとか。最大の敵はお子様達で、こっちの都合お構いなしに遊び出す。二度ほど外へ連れ出して散歩させて疲れを狙ったり。──帰りに抱っこを要求するのでこっちが疲れてみたり。


Written by Genesis
感想等は、掲示板かsoh@tama.or.jpまで。リンクはご自由に。

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