歳時記(diary):拾壱月の項

一日

風邪引きで直明けで、土曜日でもあるし今日は帰る、と帰って寝ていたら昼に電話。調子の悪かった患者さんが更に悪化との報。再出勤して看取り。
その後家族に話して剖検の許可をいただき、剖検やってお見送りをしたら六時。結局半日分仕事しちゃったよ。ふぅ。

帰ってきてから、iBookをいじっていたら昔作りかけた秋山完さん紹介ページのソースが気になって、CSS対応に書き換える。

二日

まだ体調不良。
とりあえず朝ご飯を食べて、その後ぐうたらして。暇つぶし、と言ってはなんだけれど、iBook上にpLatex環境を整えてみたり。dvipdfmxまでインストールしておいたので、texファイル→dviファイル→PDFファイルと変換して印刷可能。
ところでこれ、フォントは埋め込んであるのかしら。ちょっと不安だったりして。後で確認しないと。

昼ご飯を食べた後でお買い物。「ふたつのスピカ4」(柳沼行/メディアファクトリー)を買いそびれていたのを買い求めた。

四日

連休明けで出勤してみると、脳梗塞起こしていたっぽい患者さんとか夜間不穏な患者さんとか。そして、誰よりもわたしをびびらせたのは分厚く束になったレセプト(保険請求の内容を記した書類)。今月の最高点は30万点(1点=10円)。これだけ巨額になると保険側も厳しいチェックを入れてくるので、いかに治療や検査が必要欠くべからざるものであったか切々と書き綴らねばならない。

最近の脳内ローテーションの歌はさだまさしの「しあわせの星」。イラク戦争をイメージしながら作っているのだけれども、わたしとしては同じアルバムの「風を見た人」より直截的で印象に残る。
「願う」ことと「叶う」こととは別のことだけれど、叶わないと知っていてそれでも願いつづけてもいいじゃないか、と思うのだけれど、どうだろうか。

五日

風邪はほとんど軽快。時々鼻が詰まるのが問題くらいだろうか。
今日はダブルルーメンカテーテルを一本挿入して、動脈ダイレクト穿刺を一回やって〜。指示をしても守ってもらえない状態で針を刺すのは大変。

唐草がなくてもやっぱり独特のS.B.フィールドが展開されている気はしますが....

七日

午前中往診。今日は少なめ....と思いつつ。ひとりうつ病の患者さんがいる(他にももちろん病気を抱えている)のだけれど、少し落ち着きを取り戻してきた感じで、こちらも少し落ち着いてきた感じ。やっぱり患者さんの個性が把握できるまでの間は手探りという感じがする。

もうひとり、臨時で往診。──実は高校時代の恩師であったりする。数奇な縁ではあるのだけれど。それを奥さんに伝えたら驚きながらも喜んでもらえた、と思う。
毒舌な先生ではあったけれど、今は見る影もなく。昔のままだったなら、わたしを見て何というだろう、とは思う。

八日

日中は透析室業務と自分の患者さん、夜は当直、という日程。
とはいえ、今日は初の外来当直。ちょっとどきどきしつつ、まずはお休みタイム。(爆) 寝とかないと持たないしねぇ。
一緒にコンビを組む病棟当直の先生は、他の先生が休んだりした兼ね合いもあってか、病棟当直なんて何年ぶりだろう状態の循環器のボス。まぁ後ろだては強力な方が安心だし、と思いつつちょっと緊張したりして。
夜十時半で残り番の先生と交替して、当直開始。

九日

引き継ぎした後延々と患者さんは居続ける。数は少ないものの、何故か腹痛ばかりで点滴つないで検査を出して。最終的にはひとり入院だけで他はみんな帰宅。ふぅ。
ほとんどとろとろっとしただけで、はじめに寝といてよかった、という感じ。

家に帰ってから、身支度をしてコミケットの拡大へ。それからiBookの新しい奴とPowerpointのMac版を買いに。
結局PantherのインストールされたG4 iBookを一台。帰ってきてから一度パーティションを切り直して2パーティションに。一つはデータ用、一つはOSその他用のつもり。
PowerPoint(というかMicrosoft office)はその高さにめげて帰ってくる。幸いわたしには現在学生の妹とか教職員の家族がいるのでアカデミックプライスにしようかなと。
医師は学術研究者扱いになりませんかねぇ>ソフトメーカー各社

十日

午前中外来。当直のときに帰って明日おいで下さい、と伝えた人とか、いつもの人とかとびこみの人とか。ひとり、ちょっと心配に思いつつ帰宅可とした人がいたので、外来で元気な姿を見て一安心したりして。
病棟の方は病棟でちょっとばたばたしていたので、気がつけば看護婦さんとのカンファレンスはとても遅くなってしまっていた。

十一日

現在入院中の受け持ち患者で一番長期になっているのは食欲不振・胸水精査の人であったりする。──わたしはどうも以前から「精査入院」で何かがわかったためしがなく。よくわからないうちに症状が取れてきて、とりあえず改善したということで退院になったりするケースがいくつもある。それだけ人体というのは不思議なものではあるのだけれど。
この人も、入院を続けているうちに、食事を変えたりしていたらよくなってきてしまった。今日のレントゲンで胸水もよくなってきていて、「それじゃあ退院にしようか」てな話に。患者さんにとってはいいのか悪いのか。

十二日

透析室には有線放送が入っていて、じっと透析中横になっている患者さんにわずかな娯楽を提供している。日によって番組が変わっているらしくクラシックが流れたり昔の歌謡曲が流れたりいろいろ。
今日透析室に入って業務を始めようとしているところで何やら聞き覚えのあるバイオリンのメロディー。グレープの「朝刊」でした。
ちなみにその次に流れたのはPuffyだったかな。

十三日

当直明け。こないだの当直が終わった後もそれほどきつくはなくて、ちょっと味をしめて当直の最中に少し仕事を片づける。不急、ってわけじゃないんだけど今日じゃなくてもいい書類仕事──つまりはサマリー。

昨日入院の人を二人持ったので、ばたばたと忙しい。退院する人にも書類を準備して処方をして、といろいろあるし。
気がつけば遅くなる。

十四日

往診はちょっと多め。帰ってくると書類が山積みされていた。介護保険主治医意見書に訪問看護指示書に。ひぃぃい。
それに加えて、今日は海外の病院へ転院する外国人の患者さんのために英語の紹介状など書いていた。書式なんて知らないのでてきとーに(死)。日本の病院の評判が悪くなったらそれはわたしのせいかも。
英語苦手なもんだから、Exciteの無料翻訳サービスに頼っていたなんて口が裂けても...あ、言っちゃった。(^^;;;

ひとり患者さんが増える。痴呆があって、脳梗塞疑い。何でわたしが受け持つことになったか、といえば、この人が先日かかったときにわたしが診たから。入院適応はあったのだけれど、家族と話し合いの上で外来管理とする方針にして、更に悪化があったため今日は入院となる。
家族の方ができればわたしで、と指名してくださったとの由。それはとても嬉しいことで、思わず「なら自分で受け持ちます」と言ってしまった訳。苦労しそうではあるけれど、ま、これも縁か。

十五日

朝ちょっと病院へ顔を出した後、一年目医師の半年研修の総括会議。院外に出てやっていたのでちょっと遠出。
一歩一歩でも確実に積み重ねてきて、成長してきているのは何よりうれしいこと。これからのさらなる飛躍を願うとしよう。

十六日

朝から日直。午前中は外来担当で、次から次と患者さんは来てちっとも休憩なし。午後は病棟担当で少し息をついたけれども....。
夜は残り番。──晩ご飯を食べきる暇も無い程度に患者さんが来るし。はぁ。帰ったらバタン・キューだった。

十七日

午前中外来。多いな〜と思いながら気がつくと説明の長い自分──検査結果返しの患者さんに結果だけ伝えて終わりにしてしまうと何だか不義理をしたような気すらしてしまって。

十八日

全体に患者さんが落ち着いて、ICUにいたりする人がいないので落ち着いた日。
点滴ルートを刺して、その日のうちに抜かれたりはしたけれど。

少し早めに帰って「Cotton」(紺野キタ)とか「ポストガール2」とか買い求める。「Cotton」は相方の方が先に読んでしまう。くすんくすん。

十九日

昨日は早かったけれど今日は遅くまで居残り。発表の抄録を書いたりしていた。

ふとさだまさしの「戦友会」を思い出したりする。「戦友」を「冬の名残の雪」にたとえ、そしてそれを「二度と降ってはならない雪」と表現する歌詞が気に入っていたりするのだけれど。
戦いを好む人ではなくても、戦わざるを得ない状況に陥れば武器をとるだろう。だから、武器をとらなければならない状況に陥ること自体を阻止していくことが本当の意味での反戦運動なのではないかと思ったりする。
それを果たすためには、世の中がどちらへ進もうとしているかを分析する力と、進む道筋の行く先を想像する力が必要なのかもしれない。

二十日

今週から一年目と二年目の研修医がローテーションで腎臓内科研修を始めている。そのせいもあってか受け持ちも増えない。持っている人も次々退院予定で、とりあえずは良きことかな。上の先生にも「先生は回転がいいねぇ」なんていわれるし。
もっとも、病院の経営のことを考えると回転は早いに越したことはない。同じ一日在院するのでも、三日目の人と二十日目の人と三月たった人とでは基本料が違う。病院にとってみると長くいる患者を抱えると収入が減る構造で、ゆっくり療養したいという希望をかなえることはできない。
もっとも、いわゆる療養型病床などは検査や処方をするほど赤字になる構造で、これまたじっくり療養するには不向きな構造。入院はできるだけ短期間で、自宅や施設から時々通院してもらうのがいちばん病院にとってはよいというのが、今の日本の医療経済的な状況だったりする。それが無理な人ってのがもちろんたくさんいるのが大きな問題なのだけれど。

二十一日

今日の往診は臨時が一人。始めてから一年が経つけれど、こういうトラブル対応の時にあまり迷わなくなったなぁと思う。一緒についてるベテラン看護婦さんに頼ってた時期も長かったんだけれど。

午後は回診。ついついほかの先生の患者の話をしているときに眠気がさしてしまう(死)悪癖があるのだけれど、これからしばらくは後輩も見ているということで少し気合いを入れてみた。

二十二日

午前中病棟業務をして、午後から日直・当直。
一件ダブルルーメンカテーテルを挿入して、その後患者さんを回ったりして。

午後外来日直をして、夜は外来当直。比較的来院数が少なくてほっとしたのだけれど、その数少ないものの中に「数日前から熱が」とかいうのがいるのだな。
ほっといてよくなるとも限らないということは判っていて、それでも様子を見ているうちに不安になって来院するのだろうけれども、それでも対応する側からすると「だったら日中に来てくれたほうがやりやすいのに」とおもう。「さっきから急に」みたいな人よりはちょっと口調もきつくなってしまいがち、かなぁ。プロとしてはそうではいけないけれど。

二十三日

穏やかに当直が終わってほっとするのもつかの間、家にとって返して、荷物を換えて出発する。行き先はまさしんぐリストの「関東ミーティング」通称「歌うオフ会」。
わたし的には楽器の虫干しに行くような感じで(爆)。久しぶりに少しいじれました。さて、「天空の村に月が降る」の出だしとか、暇を見つけて音をひろってみようかな。

会を途中で抜けて、相方と一緒に中川温泉へ。湯につかっておいしいお料理を食べて。量も手ごろで楽しめた。
もっとも食べてお風呂へ入ると、あとはぐったりと爆睡してしまったけれど....。

二十四日

のんびり起きる。朝食をとって車に乗り、のんびり帰ってくる。

夜は両親ともども夕食会。親父殿の誕生日会だったけれども....。量が多くておなかいっぱい。ふぅ。

二十五日

ばたばたばたとかけ回っているうち...あ、今日は医局企画の歌声喫茶だったっけ、と思い出す。生ギターに合わせていろいろ歌いまくる会。
つい先日「歌うオフ会」で、途中抜けしたからちょっと歌い足りなかった感じだったのだけれど、仕事も忙しくて最後の方だけの参加になってしまった。

二十六日

水曜日は比較的余裕のある日で、当直があると思っていてもわりとゆったり仕事が進められる。今週は短期で退院する人が多くて、その分サマリーも多かったりするのだけれど。
でも当直は挿管レスピ管理を必要とする人もあり、それなりに多忙。ふぅ。

二十九日

のんびり起きたあと、昼から病院へ。まず透析室へ顔を出してみると....あれ、腎臓内科所属メンバーががみんなそろってる。(爆) 今日の当番の先生、ぼそっと「今日は何曜日だ?」って...(^^;
もっとも今日はそんなにいろいろ仕事をするつもりでもなく、主な仕事は発表のスライド作り。‥‥PowerPointなんて嫌いだぁ。

夕方からは新宿まで出て、ゴッホの「ひまわり」とか眺めてくる。ついつい絵そのものよりその人の生涯というか、歴史に興味がいってしまうわたしはついつい年表を読み込んでしまう。あんまりよくない癖かも。

三十日

朝から病院へ。明日から新しい診療所ができるということで、試行運転に参加する。
新しいところ、新しいやり方とくれば、トラブルは必発ということで、起こりそうなことについてはいろいろいっておく。
その後はひたすらスライド作り。だいぶ形になってきた。  


Written by Genesis
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