歳時記:霜月の項

一日

昨日受け持った人がアルコール性の肝硬変プラス腎障害という人。胃カメラをすると肝硬変に伴う食道静脈瘤が見つかるわ、CTをチェックしてみると総胆管結石がみつかるわで、あれこれの処置を夕方にかけてやっていた。
週末にはいる前に憂いを無くしておきたいという気持ちも強かったのだけれど。

二日

医局に依頼がきたということで、とあるイベントの救護班として出向く。
主催者発表で数万の参加者があったということで、なかなかの盛況ではあった。

救護班的には天中殺の日。朝一で眼瞼上部をざっくり切ってしまったおばちゃんがいて、縫合が一件。昼過ぎまでは穏やかだったのだが、「倒れている人がいるんですけど....」で呼ばれていったら心停止状態で呼吸も微弱。意識もないということであわてて心臓マッサージに人工呼吸を施す。幸い早いうちに呼吸が安定し、救急車の車内で心電図をチェックしたらVF(心室細動)波形ということでカウンターショック。救命センターにつく頃には意識も取り戻しつつあった。
わたしが救急車に同乗している頃、イベント会場の方では自殺騒動があったとのことだった。夕方になってみんな異口同音に「こんなに荒れるなんて....」とため息をついていた。

この心停止騒動を思い返しながら、改めて現在の心肺蘇生法の教育の問題を感じる。アメリカではAHA Guideline 2000に則った心肺蘇生の方法について、幅広い市民が身に付けてくれるよう取り組みを強めている。虚血性心疾患や不整脈が多いことがその背景にあるとのことだ。日本でも致死性不整脈を起こす人はけして稀ならず存在する。今回の例もおそらくは致死性不整脈による心停止であろうと判断された。そこで救急車が到着するまでの間、心臓マッサージと人工呼吸を行ってくれれば助かり得る患者がいる。
日本でも、心肺蘇生法が常識になってくれれば、と願ったりする。もっともそのためには頭で理解しているだけではだめで、体が動くようになっていないといけないのだけれど。

三日

文化の日。例によって晴天であった。
で、件のイベントに今度は一般参加者として出向く。模擬店を冷やかして、沖縄そばなど食べたりして。
何人か知り合いに会ったりもしたけれど、結婚したというと「まさかこいつが」的な驚きを表現する奴が後を絶たず。何だかひどい誤解をされているような....。

夜、「鵺姫異聞」(岩本隆雄/ソノラマ文庫)と「琉伽のいた夏1・2」(外薗昌也)を読了。「鵺姫」は「星虫」ワールドのミッシングピースをうめる作品、といえようか。「イーシャ」の舟」の山伏・微角や、「鵺姫真話」の謎が明らかにされる。一作ごとにどんどん世界の因果構成が深くなっていく感じで読んでいて楽しい。

四日

休日。午前中少し病院に顔を出し、その後は買い物など。

八日

結構つらい週であった気がする。
何がつらいって、病態の不明な疾患ほどつらいものはない、という気もする。いくら重症であっても打つ手がはっきりしているのならばそれに邁進することで済ませられるが、病態がわからないのならば治療もわからず、やみくも状態になってしまう。
指導医の先生などからレクチャーされてようやく少しずつ整理できてきているけれど、その過程で勉強不足を徹底的に突っ込まれる。今日だけでも「もっと勉強して」と何回言われたことか。
しからばと、とりあえずいろいろの論文のコピーを作成。今夜はこれを読もうかな、などと考えている。それでもきっと勉強不足は変わらないのだけれど。

九日

土曜出勤。救急外来を午前中。
胆石発作を一人入院させ、主治医になる。もう一人、一般外来から入った胃腸炎の患者の主治医にも。
胃腸炎の人は親の知人で。──やりにくいというか、やりやすいというか。

夜は当直。一人患者を看取る。
不明熱で入院、結局亡くなるまで確定診断はつかずじまい。感染症とは考えられているが、どんな病原体がどこに感染しているのか「疑い」でとどまったまま亡くなってしまわれた。
主治医の方から病理解剖をお願いするところまで見届けたが──。ご遺体に傷をつけなければならない処置であるだけに、避けて欲しいという意志が示されることはよくあることではある。けれど、そのことでなにがしかの真実がわかるとしたら、医学徒としてはそこにこだわっていかなければならないのだろうか。因果なこととは思いながらも。

十日

直明け。終わった後で調べ物などしてから、昼過ぎに家に戻った。
勉強が足りるなんてことはないのだけれど、せめて一日一歩のペースで進歩していきたいとは思う。──できているのだろうかという疑いを抱きつつも。

古本屋で「MONSTER 7」(岡本賢一/ソノラマ文庫)、書店で「Hyper Hybrid Organization 01-02」(高畑京一郎/電撃文庫)を購入。さて、いつ読めるか。

十一日

午前救急外来・午後病棟&検査など。
一人手術前チェックで異常が見つかって、手術法変更を迫られる人が出た。内科でチェックして外科に送るようなことをよくやるのだけれど、どこまでやればいいかなど、迷うことは少なくない。

最近の気になる患者さんは重症アルコール性肝炎の患者さん。ゆっくり悪くなっていっている感じでしんどかったのだが、今日のデータでは横ばいくらい。治療法も変更したし、よくなってくれないだろうか。

十二日

午前病棟・午後外来。
外来には風邪様症状がいくらか。全体としては余裕があった。

十三日

午後カンファレンス。
土曜日受け持った腸炎の患者さん、わたしは細菌性だろうかと考えていたのだが、抗生物質の副作用による腸炎ではないかという話になっていった。思ってもいない突っ込みを受けてかなりうろたえたのだけれども。調べてみると確かにそれらしい。──勉強不足、ですね。

夜は救急外来当番。
この日いちばん印象的だったのは高熱とふるえが主訴できた男性。ぱっとみたところは元気そうで、熱の原因がつかめなかったのだけれど、指導の先生に相談したら急性前立腺炎ではないかとの見立て。それに沿って聞いていくと面白いように裏付けがとれていく。
問診は大事だ、と実感する日だった。

十五日

なんか最近疲れ気味。

例によって指導医の先生に「ちゃんと調べてみて」などと叱咤され、文献を探して学会誌をひっくり返していた。ふと目に留まった症例は「アルコールを直腸に注入したために起こった直腸潰瘍の一例」──見てみると、性交中に肛門から焼酎を流し込み、そのあと水で洗っておいたのだが血便が出てしまったというような経過であったらしい。
──これもまた、一つの人生だろうか(違います)

十六日

持ち患者が少なめで、多少の余裕を感じられる。
午後からお出かけで、新宿御苑など。温室や菊の花など見ていたのだけれど....何しろ寒すぎ。もう野外をのんびり歩くのは天気に恵まれないと厳しいなぁ....。
行き帰りの電車の中で「Hyper Hybrid Organization」(高畑京一郎/電撃文庫)読了。──こーゆー男っぽいお話もかなり好き。

十七日

午前中から病院へ。主には調べものと、今度ある発表の準備。──どちらもなかなか進まない。(死)。まいったなぁ....。
それで、というわけでもないのだけれど、午後はビックサイトへ。コミケットの拡大準備集会。かなり久しぶりな状況ではあったけれど、とりあえずはスタッフ登録。
冬は何とか参加できそう...。

十八日

一人受け持ちが増える。──謎が多い患者さん。
シャーロックホームズのモデルは某医学部教授であったりするらしいが....。爪の垢くらい煎じて飲みたいと思ったりする。一を見て十を知ることが出来るような観察眼を身に付けられたらどんなものだろうか。

昨日のことになるが、「ダビンチ」の最新号を買って読んでいた。お目当ては新井素子特集であったりするのだけれど。
で、読者アンケートで「生まれ変わったらなりたい人物」を特集していたのだけれど....一位のハリーポッターや四位だかの野比ノビタはいいとして、二位に食い込んだ「中島陽子」──十二国記に出てくる慶東国国王──というのは、わたしにはだいぶ意外なセレクトだった。
なんかとても痛そうな境遇だからなぁ。かくありたい、とは思うけれども、代わるか、と言われたら丁寧にお断りをしてしまいそうだなぁと思う。

十九日

比較的仕事が速く終わる。──手抜きしてないはず。ちゃんとやるべきことはやったはず。うまく行ってしまうと却って不安が出てきたりするあたり、哀しい性になってしまっているのかもしれない。

二十日

午前病棟・午後カンファ・夜当直。
当直がかなり久しぶりで、何だか違和感。今月ちょっと少なめだし。

二十一日

朝方にけいれん発作で呼ばれる。抗けいれん剤を使おうかと思ったのだが....もともとの呼吸状態が悪くて、下手に抗けいれん剤(つまりは鎮静剤の強い奴)を使うと呼吸まで止まってしまいそうで悩んだ。いくつかの病態が組み合わさっていると、なかなか面倒ではある。

昼。ささやかな楽しみである検食を取りに行ってみると──見当たらない。届け忘れたようだったが、よせばいいのについ栄養科まで連絡してもってきてもらってしまった。ちょっと意地汚かったかなと後悔。

二十二日

ひとり入院を受け持ち。診察してカルテを書いて指示を出し、別な患者さんのことにかかっていたときに指導医の先生から連絡。初期評価が甘いとお叱り。
──んでまぁ、かなりへこむ。
この日は、末期のがんのある患者さんに「口からご飯を食べるのは難しいと思う」と話して、落ち込ませてしまったしなぁ....。

二十三日

朝から病院へきて、昨日受け持った患者さんの胃カメラ。結果としては何もなし。
その後スライド作りなどする。

何とかなりそう、と踏んで、午後は駒場まで出て、さだまさしMLの「歌うオフ会」。ほんとに久しぶりにバイオリンを抱えて行ってみた。会場はやや狭めだったけれどもその分わいわい出来たかもしれず。
この日はもうひとりバイオリンを持ち込んだ人がおり(そしてその人の方がうまかった)、わたしは弾けるところだけちょこちょこと楽しんでいた。
帰りに楽器を網棚に置き忘れさえしなければ(炸裂)、ほんとにいい日だったと思う。

二十四日

日曜というのに朝から病院へ行き、昼は相方とランチをしてすぐ病院へ戻り、そのまま当直という日程。
この日はいきなりCT室で心肺停止を来した患者がおり、初手から慌ただしかったがその後は何とか落ち着きを取り戻していた。

二十五日

回復に向かっていた感じの患者さんに変調あり。症状が強くなっていた。
データを見直すと悪化の兆しがあり、一気に緊張する。よその病院の専門の先生に相談したほうがいい、という判断になったのだけれど。さてどうなるか。

二十六日

午前病棟・午後外来。外来は大変だけれど、新鮮な感じで割と好き。お馴染さんも増えてきたしね。
今日のよくわからない患者さんは右半身にしびれがあるという若い女性。身体所見からは原因ははっきりせず、継続精査とすることに。しかし、何人か若い女性のフォロー患者がすでに出てきているというのはなんでしょうね。

外来が終わった後、合計4件の患者説明をこなす。あんまり予後のよくなさそうな患者さんが多くて、話し終わった後結構気分的に疲れた。

二十七日

午前病棟。ひとり入院を受け持ち。おそらくは腫瘍があって、そのための痛みのコントロール目的。
治療不能かどうかはまだわからないが、治癒を目指した治療を模索しながら、対症療法をやっていくことになる。
我慢強そうな人であるだけに、苦しまない状態をきちんと作ってあげたいと思う。

夜は当直。──最近かなり平穏で、いいのかこれでと思いつつ。

二十八日

夜明頃救急外来からコールがある。「ちょっと忙しくなったので、手伝って欲しい」とのこと。転送を準備しているところへ二人ばかり来たということで、そちらを対応していた。

発表の準備がなかなか片づかない。参考になりそうな文献が届いたのはいいのだけれど、予演会は明日....スライド作り直しなんて無理だよぉ。まずきっちり読んでもいないのに.....。

二十九日

夜、発表の予演会。後一週間あるので修正をかける時間はあるのだけれど...間に合うのか不安なくらい突っ込まれる。今から文献当たり直しとか、気楽に言うな〜!って感じはする。でもやらないで恥ずかしい思いはしたくないしな....

終わった後青年医師での「スシの会」。病院近くの寿司屋の二階を占領して騒ぐ。若手の医者のかなりが参加して、楽しい会になった。
どうやらこのページも院内の人々に知れてきたらしい。うっかりしたことは書いていないつもりだが(患者さんのプライバシーとかね)、問題を感じたらご指摘を>その辺

飲みながらふと、さきごろ亡くなられた高円宮さまの話が出た。死因としては心室細動であったと報じられていたと思うのだが、「果たして周りの人々はBLSを施したのだろうか?」というのが気になっていたりする。この話を出したら某先生曰く「そんな畏れ多いことはしなかったんじゃないか?」と。
あり得そうな気もするが、一方でもしそうだったとしたらそれはそれでやっぱりよろしくないことではないかな、と思う。

三十日

え、もう十一月も終わりですか?(死)

朝一で病院となりの歯医者へ。時々行っては休み、を続けているのでなかなか治療が進まない。
午後はスライドの修正をやったりしていた。フィルムに落としてあれば一日ででき上がってくるようなので、週明けに指導医にチェックをかけてもらうか。しかし、肝心の内容が...。

 


Written by Genesis
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