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何処かの分譲マンションの浴室にバラバラの人間の死体が転がっていたとか、なかば凍った老婆の死体が、つましい建売住宅の2階から見つかったなどという話しを聞く度に、すわ!猟奇事件などとマスコミは大騒ぎで、やれ2年目の死臭のミステリーだの、手づくりの人間冷凍装置の細部などを執拗に報道したがるのですが、そんなに人の「死」に興味があるなら、Webの世界にゴロゴロ転がっている轢断死体やら殺人現場の惨たらしいファイルを紹介した方がよほど手っ取り早いと思うのですが・・・人間の肉体がただの壊れやすい物体であることを改めて認識するだけの行為にかくも興味が集る原因のひとつには、他人のセックスやら行為を見てみたいという愚かしい人間の情熱とひどく似ているある種の本能があるような気がするのは・・・「フロイト心理学」を持ち出すまでもないのでしょう。 「死」と「セックス」に惹かれる人間の暗い情熱の由来は、結局はそれらが表面的に隠蔽されている事にその原因があるのかも。動物にとって「セックス」はなんら恥ずべきものでないように、「死」もまたありふれた日常のひとつであった筈なのに、いつの間にやら、それらのモノは日常に置かれることを注意深く避けられるようになり、むしろ「非日常」である事で一層猥褻な存在に化してしまったようです。 まぁ・・・川面いちめんが死体で埋まり、耐え難い腐臭の中で日々「死」を無感動に眺める世界を望んでいるわけではありませんが、荒涼としたその世界を覗いてみたいという秘かな願望は根強くあるのかも知れません。 きれいに皿に盛りつけられた牛の死肉を食べながらその加工の過程をあれこれ想像したりしてみると、結構イヤな気分になったりします。かといって根っからの野菜嫌いでベジタリアンにはなれそうもない僕は、やっぱり死んだ動物の肉を食べてこれからも生きながらえるんでしょう。
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