デーテーペーな1日

1999.07.16~31


日記関係の発言はこちらで。

7月16日(Fri)


 ここの処、何故か太宰治の言葉がやたらと身に沁みるようです。曰く・・・

「蹉跌の美」

「甲斐ない努力の美しさ」

「不幸にあこがれ、病弱を美しいと思ひ、敗北に享楽し、不遇を尊敬し、愚かさを愛する」

 どれもこれも、嫌になるほどの「弱さ」と「甘え」に満ちた文章で、こんなものが身に沁みるなどとはかつての僕には決してはけない言葉ではありました。
 まぁ、そこの処は「Web日記」などを長く書いていると随分と厚顔無恥になれるようです。自分自身の弱さや愚かしさを開き直りではなく正直に認めることが出来るようになったことは僕にとってはかなり意味あることではあったような気がします。
 羞恥のなかでしか語りえないような文章について、それに何故に惹かれるのかを考えることは己の裡なる弱さや甘えをそのままの形で認識することであり、いかなる理由や言い訳を繰り返してもそこから逃れることの出来ない愚かしい自分を改めて見つめなおしてみるには「web日記」というものはなかなかに有効な道具となるようです。
 弱さを弱さと認めることが出来なかったばかりに余計な苦痛を他者に与えた経験があるからこそ、こうやって己の弱さを広言する事でなにか取り残されたものをすくい上げようとしているのかも知れません。しかし、結局は他者のなかに己を見いだしえなかった生まれながらの孤独者の太宰治と同様に、自分自身の弱さを知ることで一層他者を不幸にする事になるのではないかと危惧する声が僕の裡からは決して消えることはないのかも知れません。

 連日の雨から一転してじっとり湿った蒸し暑い陽気に何れにしてもスッキリすることはなさそうです。クーラーの冷たい風も爽やかというよりもひたすら気怠くなるばかりで何時までも馴染むことが出来ないままですが、暑さも本番となればそんな事も言っていられないのはやはり根っからの軟弱者だからでしょう。



7月17日(Sat)

 まったくなぁ・・・太宰治に言及する人間はそれこそカルチモンでもかじりながらどこぞの人妻と入水自殺しなければいけなのかなぁ。だとすると奥野健男などはとっくの昔に死んでいないといけない事になるけど、残念ながらそれなりに老醜をさらして長生きしたんじゃなかったかなぁ。
 確かに、今時「心中」ってのもかなりクラシカルで風情があると言えなくもないけど、僕の場合ならやっぱり死ぬときはひとりが良いな。個体の消滅になんの意味もないのだとすれば、別にひとりであっても二人であってもなんら違いはない筈です。雪の中でセックスしたまま凍死したところで、結果は所詮冷たい肉体がそこに残されるだけのお話しなんでしょう。
 萎えてるところにもってきて、いろいろと勘違いな励まし頂いてさらに脱力してます。長くこの日記を読んでいる方なら「あぁまたか。」で済むような文章も、たまたま読んだりするといろいろと感想が湧いてくるのかもしれません。まぁご自分の日記になにを書かれることもご自由ですし、もともとが不明な文章なのでそのあたりはいかように理解していただいてもかまわないんですが、わざわざメールを頂かなくても結構なんで是非そのあたりはかんべんして。

 奥さん昼間から頑張って食事の支度してるなぁと思ったら、やっぱり夕方からお出かけ。この時期にいったいなんなんでしょう? どうやら「宴会」のようなんですが、暑気払いにお友達の奥さんときゅーっと一杯って奴なんでしょうか。何時にお帰りなのかは、怖くて聞けませんでした。はい大人しくお留守番してます。



7月18日(Sun)

 今日も一日中寝ていたような気がします。なんだか睡眠障害からくるナルコレプシーってのがこんな感じなのかなぁ。鬱からくる初期症状のひとつに「嗜眠」というのがあったような気がするけど、今日は久しぶりに嬉しいことがあったので鬱な気分とも違っている筈なので、やっぱり単なる睡眠不足なのかも知れません。まぁ朝まで起きたらそれは眠いよね。
 日曜日だというのにどこにも出かけず、ひがな一日うつらうつらしながらテレビ観たり本読んだりで、こんな生活がずっと続くなら僕は案外飽きることはないのかも。仕事もしないで一日中ぼんやりしていれば確かにそれはそれでありがたいけど、残念ながら資本主義社会の現在の日本ではそういう人間は単なる「落伍者」と云う事になるんでしょう。僕ひとりなら落伍者でも禁治産者でもなんでも良いけど、家族も巻き込むとやっぱりそれはまずいかも。
 などと言っても本音は家族の事なんてあまり真剣には考えていないのかも知れません。「家族愛」とか「肉親への情」といったものにどうしてもある種の疎ましさを感じてしまうのは当の家族にとっては心外かもしれませんが、どこか根深い処で関わりを拒否している自分自身をずっと引きずったままでここまで来てしまったようです。だからと言って何物にも代え難い存在であることも確かだからこそ、僕は僕自身の思いに何時までも違和感を感じ続けているのかも知れません。

 本日も何となく萎え気味なんですが、まぁ近ごろではこんなのが普通なのかも。どうも身の回りに漂う閉塞感がついついこんな日記を書かせてしまうようです。いい歳してもうすこししっかりしないとなぁ。



7月19日(Mon)

 今日は子ども達は終業式と言う事で、明日からは待望の夏休みのようです。これから一月半もの間、朝っぱらからうるさいガキが二人でウロウロしてるのかと思うと奥さんならずともゲンナリかも。
 奥さんが一番気になっているのは昼食で、毎日の学校給食のありがたさに馴れてしまっているせいで夏休み中は昼食の準備がなにかと面倒なようです。僕の場合はずっと自宅で仕事だから普段の昼食はといえば、これはもう手抜きもいいとこで下手すると菓子パン一個だったりするのはよその方には恥ずかしくて言えません。がはははh、と言いつつこんな日記で大々的に宣伝してるようでは何処が恥ずかしいのかよく判りません。
 子どもの場合はいろいろ友達との会話で日常をばらされたりするものだから近所の奥さんの手前、まさか菓子パンだけという訳にも行かなくてなにかしら料理を作る事になるのが結構大変なのかな。料理と言っても普段は1日1食作るだけなんだけどなぁ。
 そう言えば今日の昼食は昨日の夕食と同じチキンライスだったし、夕食はと言えばこの間の土曜日のお出かけの時に大量に作り置きしてあった「ハヤシライス」でした。まだおなべに大量に残ってるから我が家のパターンとしては当分お昼はハヤシライスになりそうです。うーん、昼夜ともに残り物っぽいけど、出されたものは黙々と食べるのが我が家の家風です。
 「土曜日も同じだったね。」と言う麻美の声は聞こえなかったことにしないと・・・

 でも結構おいしいんだよなぁ、3日目のハヤシライスも。カレーと同じで何度も煮込むから日を置いた方がかえっておいしいのかも。夏場なんで置きすぎるとヘンな匂いがしたりするとかなりヤバイかもしれませんが多少の問題は我が家の家族は平気なようです。貧乏人はこんな時に強いからなぁ。



7月20日(Tue)

 またもや過去日記を誤って上書きしてしまったようで、7月20日の日記が何処にもありません・・・最近は更新のチェックもいい加減だからこういうことになるようです。
 という訳で本日の日記はあとから追記しました。この日なにをやっていたかなんて、いまとなってはぜんぜん覚えてません。

 ないならないで、黙って消せば良いのに未練がましく追記してまでも日付を埋めようとするこのいじましさはいったい何処から湧いてくるんでしょうか。



7月21日(Wed)

 東京は大雨らしいんですが、一応都下とはいえ東京都の筈の我が家の周囲では曇ってはいても大雨なんて気配はなにもなくて、いったい何処で大雨が降ってるのかと思っていたら夕方6時ごろから降ってきました。それもアッという間の土砂降りで、これで雷でも鳴れば「梅雨明け」と言う事になるようです。明日からは本格的な夏の到来なのかなぁ・・・子ども達はうれしそうですが、夏なんて暑いばかりでなにが面白いのかと少しも楽しめなくなっているのは僕自身の歳のせいなんでしょう。我が家の奥さんは夏の日焼けが「絶対」にイヤな人なので、夏になると逆に外出の機会が減ったりするのでこの季節はあまりイベント的には面白味がありません。海に海水浴に出かけるなんてことはまずあり得ない事態で、プールも屋内型の温水プールならなんとかといった塩梅でどちらかというと温泉気分で入れるような処が好みだったりします。毎年夏に行くビンボー旅行も温泉地にある温水プールに出かけるのが何時もの常で、それ以外は日焼け止めクリーム塗ってひたすら日陰で過ごすのが我が家の奥さんの夏のようです。そう言えば今年はどうするかなぁ・・・もう良い加減父親は飽きてるんですが子ども達はなぜかお気に入りで今年も出かけるつもりでいるようですが、ここの処なにかと物いりな事が続いたし仕事も大したことないしでつまらないビンボー旅行もちょっと思案中です。やっぱり海辺でテント張ってキャンプでもするのが安上がりかも。それもかなりビンボー度高いけどなぁ。

 雨が降ると涼しくなるのは良いんですが湿気が一気に高くなるのがなんとも不快です。まぁ夏は暑いほうが良いのかな。



7月22日(Thu)

 アップルの新しいノートブックの「iBook」ってのは予想されたデザインとはいえ、やっぱり持ち歩くにはかなり恥ずかしい代物で、あんなものを電車の中で開いたりするのは相当に勇気が必要になるような気がします。重さも3kgもあるらしいので、いかに「可愛いもの好き」な女性陣でもちょっと持ち歩く気にはなれないと思うけど、まぁ携帯性は二の次で、その気があれば持ち運ぶ事ができる「iMac」と言うのが正しいコンセプトなのかも知れません。だとするとうさぎ小屋に住む日本人には案外受けるのかも。
 しかしなぁ・・・「iMac」の時もそうなんですけど、あれでお仕事するのはどうにも気分が出ないというか、ほんとは笑われてるんじゃないかと絶えず不安に駆られそうでやっぱり僕は「iBook」は要りません。いかにも「オンナ・子ども」に媚びてるような気がして、そこまでして生き残りにかけたところで所詮未来は暗いのになぁ。Macびいきの竹井さんあたりの感想も聞いてみたいけど、あれを小脇に抱えてる竹井さんはどう考えても似合わないと思います。でもこの際だからやっぱり買わないと。

 なんて誰も興味のないMacネタを書いてみるのは、やっぱりMacの動向が気になるからなんでしょう。あまり「きわもの」に走るとアップルもこけたときが一層辛そうだけど、根が「きわもの」なのがコンピュータ業界と言えなくもないので、バカ当たりしたりすると少しは面白いこともありそうなんで期待する部分もあったりします。

 夕方からまた雨で東京の梅雨明けは明日以降になるのかな。昼間の日差しと空の色ははまさに夏そのもので、子ども達だけが相変わらず元気に外で遊んでます。父親はクーラつけてのんびりお昼寝。



7月23日(Fri)

 せっかく予定日記を書いたのにFTPを忘れるというのがここの処のワンパターンではあるのですが、本日は案の定その通りの展開に。予定日記が無駄になったので仕方なく昨日の日記を明け方に書いてます。
 最近はめっきりお出かけも減って奥さんのご機嫌もそれなりでが、何処へ出かけるのか誰に逢うのかもムニャムニャで、そのくせ朝帰りだったりすればそれはやっぱり怒るよなぁ。バカ日記書き達に対する免疫だけはかなり植え付けたつもりなので、「あぁまたくだらない連中とあそんでるんだわ。」と半ばあきらめの境地なのが唯一の救いです。いろいろと馬鹿げた連中であることだけは十二分に承知しているので、もうなにがあっても驚かれるような事はありません。ただ冷たい目でじろりと見返されるだけ・・・とほほ。

 なんだか近ごろのお出かけはマニアックと言うか意味不明なメンバーが多くて、我ながらなんでこんなメンバーなんだとひとりで頭をひねってます。オフミを告知しても誰もボタンを押さないという密やかなトラウマの持ち主ばかりのような気がするなぁ・・・いやマジで。
 皆さん、寂しいのか?

 なんだか口調が久々のBOWDO風味ですが復活した訳ではありません。単なる予定日記のつもりがかくなる有り様になったとするなら、これがやっぱり本音なんでしょう。集まると寂しくなるオフミってのもけっこう貴重かもしれません。



7月24日(Sat)

 今日は「土用の丑の日」だそうで、なんでもうなぎを食べるらしい。食べ物がらみのイベントにはけっこううるさい家族なんですが「うなぎ」だけはぜひとも勘弁して欲しい父親のせいでそんなものが我が家の食卓にあがることは決してありません。なんだかうなぎって見るからに気色が悪いじゃないですか。生きてるときもそうですが死んで蒲焼きになってもつきまとうあのまがまがしい姿と小骨がいっぱいありそうな肉質には心底ゾッとします。えぇ、食べたことあるんですよ。先方はごちそうのつもりで出前をとったりすると、まさか大嫌いですとはどうにも言えない雰囲気で、仕方なく、無理矢理、イヤイヤながら、目をつぶって半分ぐらい食べたことがありましたが、あの時は疲れたなぁ・・・何千円のうなぎ丼よりも玉子かけご飯の方がよほどおいしく感じられる人間には国産だろうが養殖だろうが一切関係なしでとにかくイヤなものはイヤなんです。肝吸いなんてあんな内臓がフラフラ浮かんだようなスープをありがたがって飲んでる人間の気が知れません。どこか向こうの方で食べて欲しいぐらい。
 そんな訳でスタミナをつければ良いんだろうと、本日の夕食はお寿司でした。がはははh、ご馳走と言えば「お寿司」か「肉」なんてものしか思い浮かばないビンボー育ちはつくづくグルメとは無縁です。そんなものを「おいしいおいしい。」と言いながらアホほど食べる我が家の子ども達のこれからの人生は今から容易に想像がつきそうです。ビンボー育ちはどこまで行ってもビンボーからは逃れられそうにもありません。

 父親もなんだか食べすぎ。しかし、もうこれで今年の夏もスタミナばっちりです。がはははh、
 あぁ、スタミナつけても肝心の腰が、腰が・・・



7月25日(Sun)

 子ども達は午前中は近所の小学校で開催されて「子どもまつり」なんてものに参加して、なにやら竹製の弓矢を工作で作ってきたようですが、どうやらそうしたものを始めて見たらしくて作ってみたのは良いけどどうやって使うのかをまるで知らなかったんだとか。今の子どもはチャンバラも西部劇ゴッコも知らないから確かに手づくりの弓矢なんてものを手渡されてもどうして良いのか判らないのも致し方ないのかも知れませんが、それにしても近ごろの子どもというのは妙な知恵ばかりついても僕などの子どもの頃には常識と思えることがよく判らなかったりするようで、どこか片輪な印象があります。まぁ、そんな事を知っていたからと言ってなにが嬉しいのかと問われるとちょっと言葉に詰まるんですが。
 午後からはこれも近所の療育病院で開催される「夏まつり」なるイベントに出かけて、こっちの方では無料のスイカ食べたりヨーヨー釣りに並んだり焼そば食べたりで夕方6時前まで遊んでいたようです。まだ夏休みも始まったばかりだというのに連日プール遊びに出かけたりお祭り見物に出かけたりで去年以上に忙しそうで麻美など「疲れた疲れた。」と帰ってきてしっかり夕寝してました。そうまでして遊びを頑張らなくてもうすこしのんびりすれば良さそうにも思うんですが、こと遊びとなるとムキになって頑張るあたりは父親に似ていると言えなくもないのかも知れません。勉強の方にムキになればもう少し違った人生が送れそうな気がするんですが、そのあたりも僕の発言ではなんの説得力もなさそうです。

 帰ってきてポテトチップ食べながらケーブルテレビのアニメ番組をえんえんと眺めている後ろ姿眺めると見るからにバカっぽいガキ達です。きっと僕なんかも人からはそんな風に見えるんだろうなぁ・・・一日中モニターの前でぼんやりしていては、やはり人の事は言えません。



7月26日(Mon)

 今日も一日何も書くことないなぁ・・・そうそう、朝方ひとりで車走らせてるときに何度か居眠りしてました。<危ないって!
 ああした時の睡魔って何物にも代え難いほどで、運転しながらふと気づくとほんの0.1秒ぐらい寝ていたりで、慌ててブレーキ踏んで内心ひやっとしているんですが、何分後かにはまたうととしていたりで少しも懲りてません。窓開けたりガム噛んだりしてなんとか寝ないようにと頑張るぐらいなら少し車を停めて寝れば良さそうなものですが、そうするとずっと寝てしまいそうでなんとか我慢してます。まぁ、早朝なんで車が少ないから大丈夫なんでしょう。

 そんな訳で午前中はずっと寝ていて午後からは何軒かお出かけ。子ども達からいつも買い置きしてあるおやつがもうなくなってるから買ってきてと言われたんですが近くのスーパーでおせんべいだのチョコレートばっかり大量に買うのもなんだか恥ずかしくて買物は中止。
 あとはなにがあったかなぁ・・・子ども達は午前中はプールで午後からは友達と向かいの公園で遊ぶというここの処の定番メニューだったようです。夏休み前はあまりプールにも入らなかったんですがここ2・3日のプール通いのせいで一気に日焼けして、いかにも「夏の子ども」と言った様子です。いわゆる「がんぐろ」状態。<とは言わないのかな。

 暑いからとクーラーの効いた居間で昼寝するすると起きたときが調子が悪いんですが、暑い部屋で昼寝する訳にもいかないからと言い訳しつつ・・・しかしよく眠れるなぁ。



7月27日(Tue)

 お昼は最近では珍しくマクドナルドへ。
 あぁ、いつの間にか半額セールとかやってるようですが、近ごろはあまりマクドナルドにも通っていないので知りませんでした。マクドナルドと言えば人情裏日記的には重要なアイテムだった筈で、そのあたりからも日記にかける意欲が薄れている模様です。「ずくなし日記」でも読んでれば最近のマクドナルドの事情も判ったんでしょうが、そっちのほうもここの処はぜんぜん読んでないからなぁ・・・去年から調子の悪いクーラーのせいで事務所がやたらと蒸し暑くて、日中はどうしても居間で寝ころんでることが多いから日記巡りも今ひとつ熱中できないようです。夏前から日記読みにはチカラが入ってなかったんですけどね。
 そんな訳で今日なんか3時過ぎから4時間近くも昼寝して麻美に呆れられてます。きっと間抜けな顔して昼寝してたんだろうなぁ。もともと父親の権威なんてものとは縁遠い家庭なんですが、やっぱり父親が昼間から大口開けてぐーぐー寝てるようではどうしたって尊敬される事はなさそうです。やっぱり昼寝なら事務所で椅子寝が一番なんでしょうが、腰を痛めてから椅子寝はちょっと辛いものがあります。いっそのこと寝室でちゃんと寝れば良さそうなものですが、ソファーや椅子で寝るのが普通になっていてベッドで寝るとなんだか落ち付かないというのも我ながらどうかと思います。やっぱり夜はベッドで寝るのが正解なんでしょう。

 人にはクーラーかけっぱなしで寝るのは身体に良くないとか言いながら、自分ではクーラーの効いた部屋でお昼寝してました。わはははh、すいません。



7月28日(Wed)

 引き続き本日もやる気なし・・・てゆーか、ここの処やる気があった試しなどないのでこうしたダレダレ具合がもはやデフォルトな日常なんでしょう。もう少しやる気をだしても良さそうなものですが、そんな気には少しもなれないから如何ともし難いようです。
 そんな日常なんですが、夕方からちょっとしたオモチャでお遊び。使えると言えばまぁ使える程度の代物なんですが、なによりそのコンパクトさが僕にとっては重要なんで不便な部分はあえて承知の上で使えばそれで良いかな。なんていつもの訳の判らない独り言なんであまり気にしないように。秘密の共有というのも「Web日記」の大きな使い道のひとつなんですから。

 そんな父親のやる気のなさとは裏腹に、我が家のガキ達は相変わらず不明に元気です。朝は6時からラジオ体操に出かけて、その後10時過ぎからは学校のプールへ。午後からも友達から電話が来ればいそいそと出かけるし、その上今日なんかなにを考えているのか毛糸玉を何個も買ってきてこのくそ暑いのに編み物を始めるんだとか。飽きるまでのお遊びとはいえ、次ぎから次ぎへといろいろとやりたがるのはいかにも集中力のない人間らしくて、結局は何ひとつものにならないのは彼女たちの過去のマイブームを見ていればよく判ります。そうそう、ちょっと前に凝っていたメダカの飼育なんて、二人して何十匹もコップの中で飼っていたと思ったのに今日きいてみると残ってるのはたった1匹だけだとか・・・最後の1匹もほったらかしでそのうち死ぬんだと思います。あんなに一生懸命だったビーズ細工も最近はやっているのを見た事ないし、今回の編み物も果たして何時まで続くことやら。きっと新学期前には飽きてるんでしょう。

 やたらといろんな事に手を出したがるのは父親ゆずりと言われれば返す言葉ありません。器用ビンボーの典型と昔から言われ続けてきましたから。余計なものを買ってきてはよく母親にどやされてました。



7月29日(Thu)

 やっぱりフライトシュミレータで毎日ジャンボ機を操縦していれば何時かは実物を自分の手で操ってみたいと思うのは、「オタク」なら誰しもが抱く願望なんでしょう。あのまま逆上しないで頑張ってればきっと機長は一緒にレインボーブリッジくぐりにチャレンジしてくれたかも。人ごととは言え、そんな飛行機に乗り合わせたりしたらスリルはまさに格別だろうし、飛行機事故なら一瞬のうちにみんな死んでしまうから苦痛を感じるヒマもなくてなにかとお手軽でしょう。その上経済大国の日本の航空会社ならば死亡保険金も相当な額にるだろうから、残された家族は涙拭きながらもそっと今後の人生について計算してみるのかも知れません。
 工作機械を手に入れたから拳銃を作ってみるとか、プラントを設計したからサリンを作ってみて散布のための改造車も作ったからちょっとそのあたりに撒いてみるとか、最近はオタクの願望が簡単に実現するようになった事の原因はやはりオウム事件の影響が大きいのかもしれません。それを言うなら、自らのコンプレックスの昇華のためにビデオテープのなかの虚構に飲み込まれた連続幼女誘拐殺人犯こそがまさにオウムの先駆けだったのかも。執着するものの代償を求めるあまり、何時しか代償自体が執着するものに変容し、仮想の中で求め続けたものと現実との境目が実はひどく不確かなものであることを知ってしまったとき、人はその違いを越えるための一歩を簡単に踏み出してしまうもののようです。代償がひどく手軽に手に入ることも、ますますその違いを曖昧なものに感じられるのかも知れません。僕たちの欲望はあまりに安易であり、あまりにもお手軽に過ぎるようです。

 航空マニアというのは僕にとっては身近な存在です。航空雑誌や戦記物、メカニックの紹介がメインの航空機のムックとか、一時期よく読みふけっていました。もっとも昔から旅客機には興味がなくて、もっぱら第2次大戦中のレシプロ機を追いかけていたので、レインボーブリッジをジャンボ機でくぐるなんて願望はあまり抱いたことはありません。操縦なんてことには昔からあまり興味はなくて、プラモデルから入った航空マニアなのでもっぱら過去の飛行機に興味があるだけでした。今から50年以上も前に設計された筈なのにあのスタイリッシュな処など、第2次大戦中の戦闘機こそレシプロ機の頂点にあるような気がします。って、こんな事を熱く語るのがまさに「オタク」の証明なんでしょう。



7月30日(Fri)

 連日大忙しの我が家の馬鹿ガキ達なんですけど、今日はなにを思ったのか最近連日一緒に遊んでる正美の友達のおうちの庭でテントはってお泊まりなんだそうです。そのテントは誰が用意するのかと思っていると、我が家のテントをそこまで持っていって設営するんだとか・・・あぁ、めんどくせーなぁ。もう何日も前から打ち合わせていろいろと準備もしていたらしいので仕方がない。くそ暑い昼間にわざわざテント張りに出かけてきました。
 なんでもとっても広ーい庭だと聞いていたんですが、見て見るとなんてことはない、ただの建て売り住宅の片隅の猫の額ほどのちんまりとした庭。まぁ確かに芝生なんですけど、そこに我が家の小さなテント張ると身体を横にしないと歩けないほどで、これのどこが広い庭なんだか。なんてイチャモン付けてますが我が家にはその庭すらもなかったんでしたっけ。
 しかしまぁ、それにしたってうさぎ小屋の日本人の住まいらしいせせこましさで、その狭い庭の片隅でさらに家庭菜園とか始めてるのはいじましいというか、なんだか住まいにかける日本人の怨念を見たようで身につまされるような気さえしてきました。
 まぁそこはそれ、そんな事は思っていてもおくびにもださずに如才なくご挨拶など交わしながら適当にテントを建ててそのまま帰ってきました。なんでも夕食もそこのおうちでご馳走になるんだとか。親としてはうるさいガキが二人いなくなってのんびりしている処ですが、きっと今度はそこの子どもが交替で我が家に泊まりに来るんだろうなぁと思えばいまからうんざり。きっと麻美の一番の親友の不細工な○○こちゃんも泊まるんでしょう。

 帰り際にはその家庭菜園で採れた自慢の「大葉」をお土産にもらったんですが、こんなもの貰ってどうしろっていうのかなぁ・・・



7月31日(Sat)

 テレビで隅田川の花火大会の模様をぼんやり眺めているとなにやら家の外でも騒がしいのに気がついた・・・立川の昭和記念公園でも今夜は花火大会らしい。外にでてみると、ちょうど通りの突き当たりの屋根の上あたりからその花火の様子がよく見えて、子ども達と一緒にお手軽な花火見物を楽しむ。人混みにもまれることも帰りの渋滞に巻き込まれる事もなくて、こんな花火見物ならなにかとラクチンです。
 9時前には一際大きな花火があがって、どうやらそれが最後の合図でもあったようです。終わってしまえば何ごともなかったかのように暗い夏空は何時ものように無愛想に静まり返っているばかりで、つい先ほどまでの騒がしさの名残などは遥か遠くに置き去りにされたままのようです。一瞬の生命であるが故に許される喧噪と華やかさがつきまとうのが夏の花火だからこそ、その姿と儚さに人はなにかを仮託したり重ね合わせたりするのかも知れません。なにかしら・・・夏の始まりを告げるようでもあり、逝く夏を惜しむ為のようにも思えるのが、夏と云う季節にまた相応しい一夜だったようです。

 僕にとっての夏も何となく終わってしまったような予感はあります。そう言えば、既に気配は秋なのかも知れません。

 せっかくすぐ近くに住んでいるならもう少し近くで見れば良かったかも。そう言えば何年か前は路上に停めた車の中から見物していましたっけ。


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