曲目解説


ミサ ニ長調 作品86  ドヴォルジャーク

 《ミサ ニ長調》は1887年、ドヴォルジャークの46歳のときにオルガン伴奏の曲として作曲され、5年後オーケストラ伴奏(オルガンをふくむ)に書きかえられた作品で、ドヴォルジャークの宗教的作品中〈レクイエム〉と〈スターバト・マーテル〉(哀しみの聖母)に次ぐ重要作とみとめられています。
 この《ミサ ニ長調》は友人のヨセフ・フラーヴカ(チェコ科学芸術アカデミーの創立者)からの注文で、1887年3月26日から4月14日までの19日間にいっきに作曲されました。
 ドヴォルジャークはこの曲の作曲中、ゆたかな自然にかこまれたヴィソカーの別荘から友人のひとりにあてて「私はいま新しいミサの作曲に取りかかっています。自然の神聖な美しさに賛嘆しています。」と報告し、また依頼者のフラーヴカには、次のように伝えました。「この曲は、偉大な神にたいする信仰と希望と愛、と題してもいいでしょう。永遠なる者の栄光と、我々の芸術の名誉のために、この作品を書くことができることを、私は心から感謝しています。私が深く敬虔であることに、驚かないでください。信心深い芸術家でないと、このような種類の曲は書けません。バッハやベートーヴェンやラファエルその他の巨匠が、実例をもって、私のこの考えを支持しています。」
 初演は1887年9月11日、フラーヴカの邸宅の礼拝堂の献堂式にさいして、ドヴォルジャーク自身の指揮のもとにオルガン伴奏で演奏されました。声楽部はS.A.T.B.のソロと混声合唱で、カトリック教会のミサ通常文にしたがっています。

  1. キリエ:「自然の神聖な美しさ」に賛嘆しながら作曲されたこのミサは、〈キリエ〉の冒頭から、ボヘミアの森の草原の中にいるような気分に包まれています。
  2. グローリア:3部からなり、「主の大いなる栄光のゆえに感謝したてまつる」の合唱にはじまる静かな中間部、やがて「主のみ聖なり」で第1部の輝かしいしらべにもどり、ポリフォニックな進行をみせて、「アーメン」で結ばれます。
  3. クレド:全曲中もっとも長大な楽章で、3つの部分で構成されています。第1部は優雅なワルツのようなメロディーを歌う独唱にはじまって、次にソロとコーラスの応唱になります。ドヴォルジャークのおだやかな、しかし深い信仰が、よく示されている部分です。やがて「十字架につけられ」の劇的な合唱が起こり、その激烈な感情表現が、これをかこむ中間部の前後の部分と対照されます。この楽章にも、第3部に対位法的な処理が示されています。
  4. サンクトゥス:ごく短い楽章で、合唱が明るく力強く歌い、〈クレド〉の高揚した気分を持続します。
  5. ベネディクトゥス:オルガンの前奏で静かに開始されます。瞑想的な性格が支配的ですが、「天のいと高きところに ホサンナ」で突如として高らかに歓喜をぶちまけます。
  6. アニュス・デイ:全曲中もっとも愛らしく魅力的な楽章です。テノールの独唱による8小節の主題が他の声部の独唱に歌いつがれながらゆっくりとフーガ風に進行し、しだいに感情的に激しますが、最後はほとんど囁くように「平安を」と歌って、信仰と希望と愛のミサを静かに、深い感動をのこして終結します。
東京オラトリエンコール 川上裕美子
演奏会の記録に戻る