アドバイザー 小松英典
1975年、ハンブルクで宮廷歌手アーノルド・ヴァン・ミルに師事。1976年、リューベック国立音楽大学に入学。宮廷歌手エディット・ラング、ルネ・コロらに師事。1980年リューベック国立音楽大学リート・オラトリオ・オペラ科を卒業。
1982年秋、ハンブルクを中心にブラームスの「美しきマゲローネのロマンス」によるリサイタルを行う。翌1983年1月、マドリッドでブラームスの「ドイツ・レクイエム」を歌い、またドイツ各地でシューベルトの「冬の旅」によるリサイタルを行った。同年4月、ベルリンでディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウと共演。その他にもアーリーン・オジェー、エリー・アメリング、ハンナ・シュヴァルツ、クルト・モルなど著名な歌手と共演し、ザルツブルク音楽祭などヨーロッパの主要なフェスティバルにも参加している。オペラでもハンブルク、リューベックその他のドイツの名オペラ劇場に客演し、多くの作品に出演している。1990年にはR.シュトラウスの「サロメ」(ヨカナーン)、翌1991年プッチーニの「マノン・レスコー」、1993年ベルリオーズの「ファウストの劫罰」(メフィストフェレス)、1997年J.S.バッハの「マタイ受難曲」(イエス)、1998年ツェムリンスキーの「抒情交響曲」、1999年ベルリオーズの「ファウストの劫罰」(ブランデル)において、それぞれ小澤征爾の指揮で出演、絶賛を浴びた。
また、1992年2月に東京芸術劇場にてリサイタル「小松英典マーラーを歌う」を開催、各方面で評価を得、1994年9月に東京をはじめ各地でエディット・マティスとデュオ・リサイタル「シューマンの夕べ」を開催、絶賛されドイツ歌曲の第一人者としての評価を確立し、1997年10月にも東京・紀尾井ホールにてリサイタルを開催、2000年11月には東京オペラシティー・タケミツメモリアルホールでの名匠イエルク・デームスとのシューベルト「冬の旅」リサイタルを開催、聴衆に深い感動を与え、ドイツ歌曲の第一人者としての評価を不動のものとした。
レコーディングでの活躍も目覚ましく、プッチーニの「蝶々夫人」(シノーポリ指揮、フレーニ、カレーラス/ドイツ・グラモフォン)、「日本歌曲」(ガーベン/ビクター、フォンテック)、「世界の歌」(モル、ファスベンダー/ビクター)などを録音しており、ファスベンダーとのデュエットCDはドイツ、フランスでレコード優秀賞を獲得した。また最近では、ドイツ・CPOレーベルからエディット・マティスとのデュエットCDを、NAXOSレーベルからマーラーのオーケストラ歌曲集(ガーベン指揮、北ドイツ放送ハノーファー・フィル管)のCDをリリースしている。2000年にはシューベルト3大歌曲集を録音し、好評リリース。また、2000年11月イエルク・デームスとのシューベルト「冬の旅」リサイタル実況録音DVD及びCDも近くリリース予定。
ドイツ連邦共和国政府より永久プロフェッサーの称号を授与。
ドイツ・ブレーメン国立音楽大学声楽家教授。
指揮者、岡本俊久氏と私の音楽上のお付合いは1993年頃から始まっております。私の彼に対する第一印象は、日本にいながらにしてドイツ語の発音への造詣が深く、宗教音楽、特にバロック音楽の演奏スタイルの確かな人だなということです。
1995年に彼と Bach:Weihnachts-Oratorium をご一緒しました。聞けば、合唱団は今まで全くその種の宗教合唱音楽をやられたことがない由。しかし、その見事な演奏に、改めて岡本氏の指導者としての希有な才能をみせつけられた思いがいたしました。
ホームページに戻る